2019年3月18日 (月)

京都 サクラ 状況 2019 3 18 京都府立植物園 鴨川 半木の道 (なからぎのみち)

撮影日:2019年3月18日
撮影者:runningWater

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京都府立植物園

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鴨川
 葵橋 付近

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鴨川
 北大路橋 付近

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半木の道 (なからぎのみち)

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2019年3月17日 (日)

京都 サクラ 状況 2019 3 17 真如堂 東北院 竹中稲荷

撮影日:2019年3月17日
撮影者:runningWater

サクラ以外の植物の写真も、あり

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真如堂

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A3 たてかわ桜
 真如堂の説明によれば、春日局 が、父・斎藤利三 の菩提を弔うために植えた桜。
 斎藤利三 は 明智光秀 の重臣。
 斎藤利三 と 海北友松 の墓が、真如堂の境内にあり。
 春日局 は、第3代将軍・徳川家光 の乳母。
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A4 たてかわ桜

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A7 サンシュユ(山茱萸)
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A8 サンシュユ
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A9 サンシュユ
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東北院
 藤原彰子(上東門院)にゆかりあり。
 藤原彰子 は、藤原道長 の娘。

B1 ジンチョウゲ(沈丁花)
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B2 ジンチョウゲ(沈丁花)
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B3 ジンチョウゲ(沈丁花)
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竹中稲荷 参道

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2019年3月16日 (土)

京都 サクラ 状況 2019 3 16 金戒光明寺

撮影日:2019年3月16日

撮影者:runningWater
サクラ以外の植物の写真も、あり

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山門 付近

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境内

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西翁院 付近

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西住院 付近

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2019年3月15日 (金)

京都 サクラ 状況 2019 3 15 地蔵院 (椿寺) 千本釈迦堂 上品蓮台寺 雨宝院 (西陣聖天) 相国寺

撮影日:2019年3月15日
撮影者:runningWater

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地蔵院 (椿寺)
 正式名称:昆陽山地蔵院
 住所:京都市 北区 大将軍川端町 2

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千本釈迦堂 大報恩寺
 住所:京都市 上京区 七本松通今出川上ル

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上品蓮台寺
 住所:京都市 北区 紫野十二坊町 33-1

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雨宝院 (西陣聖天)
 住所:京都市 上京区 智恵光院通上立売通上ル 聖天町 9-3

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相国寺

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2019年3月14日 (木)

京都 サクラ 状況 2019 3 14 蹴上インクライン 清流亭 南禅寺

撮影日:2019年3月14日
撮影者:runningWater

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蹴上インクライン
 京都市営地下鉄 東西線 蹴上 駅 付近

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清流亭
 南禅寺 付近

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南禅寺
 三門 付近

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2019年3月13日 (水)

京都 サクラ 状況 2019 3 13 平安神宮 付近 みやこめっせ 付近 京都国立近代美術館 付近

撮影日:2019年3月13日
撮影者:runningWater

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平安神宮 付近

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みやこめっせ 付近

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京都国立近代美術館 付近

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2019年3月12日 (火)

京都 サクラ 状況 2019 3 12 長徳寺 本満寺 京都御苑

撮影日:2019年3月12日
撮影者:runningWater

サクラ以外の植物の写真も、あり

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長徳寺
 出町柳 駅 付近

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本満寺
 河原町今出川 交差点 付近

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京都御苑
 近衛邸跡

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京都御苑
 梅林

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京都御苑
 西園寺邸跡

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京都御苑
 出水小川 付近

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2019年3月 5日 (火)

太平記ゆかりの地 5 足利尊氏は、京都御所に住んでいた?

太平記ゆかりの地 インデックス

以下、下記の文献に記述されている内容を参照しながら、述べる。

 文献1:[観応の擾乱 亀田 俊和 著 中公新書 中央公論新社]

[文献1]51P に、以下のようにある。

 「貞和五年(一三四九)三月十四日、京都土御門(つちみかど)東洞院(ひがしのとういん)にあった将軍足利尊氏邸が火災に遭った。尊氏邸の再建が終了するまで、尊氏は一条今出川(いまでがわ)にあった執事高師直邸に居住することとなった。」

京都の地名の中には、東西方向に伸びる道路の名前と、南北方向に伸びる道路の名前を組み合わせてできているものが多くある。(例えば、[四条烏丸]、[四条河原町]、[河原町三条])。

上記中の[土御門東洞院]も、同様だ。[東洞院]という名前の道路と、[土御門]という名前の道路が交差している場所を指している。ただし、[土御門]という名前は、平安時代のものであり(土御門大路)、現在の[上長者町通]に相当する。

よって、この当時の将軍・足利尊氏(あしかが たかうじ)の住所は、[東洞院通]と[上長者町通]が交差するあたりにあった、ということになる。

ネット地図を使用して、[京都市 上京区 元土御門町]で検索すると、[元土御門町]がどこにあるのか分かると思うが、その町内にある東西方向に伸びている道路が、[上長者町通]である。

ネット地図を使用して、[京都市 中京区 三本木町]で検索すると、[三本木町]がどこにあるのか分かると思うが、その町内にある南北方向に伸びている道路が、[東洞院通]である。

では、[東洞院通]と[上長者町通]が交差する場所とは、いったいどこか?

ネット地図を見てその位置を割り出してみると、なんと、それは、[京都御所]の[紫宸殿]のあたりである。

尊氏は、御所に住んでいた?

いや、そうではない。

[文献1]60P には、以下のようにある。

 「だが翌一三日には、さすがの尊氏も直義に土御門東洞院邸へ避難するように勧めた。直義はこの指示に従い、将軍邸へ移動した。これを見て師直に寝返った武士が続出し、将軍兄弟の軍勢は三〇〇騎にも満たなくなった。」

 (途中略)

 「八月一四日早朝、師直は大軍を率いて法成寺(ほうじょうじ)河原に進出し、将軍御所の東北を厳重に包囲した。師泰も七〇〇〇騎あまりで西南からこれを囲んだ。師直軍が御所を焼き払う風聞も飛び交い、付近の住民は大混乱のうちに避難した。将軍邸の北隣に位置する内裏に住む崇光(すこう)天皇も、光厳上皇の御所(持明院殿)へ避難した。」

これが、足利幕府を分裂・抗争に至らしめた、[観応の擾乱](かんのうのじょうらん)の始まりである。

尊氏は、天皇の住まい(内裏)の南隣に住んでいたのだ。

この時の、崇光天皇の住まいは、[土御門東洞院殿]と呼ばれており、その後、ここに本格的な規模を持つ御所が建設され、それが、現在の京都御所となったのだという。

上記中の、「法成寺河原」とは、[法成寺の付近の鴨川の河原]、という事になるのだろう。

[法成寺]は,[藤原道長]によって建立された寺である。[上京区 荒神口通 寺町 東入 北側]に、「このあたりに法成寺があった」ということを示す石標があるようだ。

よって、[法成寺河原]とは、[荒神口通 寺町]のあたりの、鴨川の河原、すなわち、現在の[荒神橋]のあたりの鴨川の川原、ということになるのだろう。

[高師直](こうのもろなお)は、足利尊氏邸の東側を塞ぐために、荒神橋のあたりに鴨川に沿って南北に軍勢を配置したのだろう。

なお、この当時の鴨川の川原は、現在のそれと一致しないようだ。

ところで、[観応の擾乱]という用語を、誰が最初に用いたのか、ネットで調べてみたが分からなかった。

いったいなぜ、「擾乱」などという、現在の我々にはなじみが無い用語を用いたのだろう?

(気象学や電気工学では、この用語を用いるようだが)。

カンノウノジョウラン・・・うーん、むずかしい用語・・・このような、学生諸君の記憶力に無用の負担をかけるような事はやめて、学生諸君の頭脳に擾乱を引き起こすような事はやめて、[観応の変]あるいは[観応の乱]とでも、呼ぶように、変えてみてはどうだろう?

いや、いっそのこと、年号を使うのを止めてみては?

 [観応の擾乱]は、[足利幕府・第1次・抗争]に

 [応仁の乱]は、[足利幕府・第2次・抗争]に

というようにでも、変えてみては?

これまでの日本史の教育においては、このような、学生諸君の記憶力に負担を強いるような、無駄な事がとても多いのでは、と思う。これによって、多くの学生の日本史への関心を薄れさせているのではないか?

学校(大学・大学院も含む)での日本史関連の授業・講義・試験において、年号を用いた用語を用いない、ということにすれば、学生はどれほど楽になることだろう。

今の日本の学生は、日本史の他にも学ばねばならない事がいっぱいあるのだから・・・IT関係の事とか、国際関係の事とか、地球環境保全の事とか、英語関係の事とか。

もう少し、学生の負担を減らすような方向に、文部科学省、日本史学会は、考えていただいてもよいのではないだろうか。

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次に、高師直(こうの もろなお)の住所を見てみよう。

[文献1] 51P には、

 「一条今出川(いまでがわ)にあった執事高師直邸」

とあったが、「一条今出川」とは、いったいどのあたりか?

「今出川」を通りの名前、すなわち、[今出川通]と解釈すると、不可解な地名になってしまう。一条・今出川通? 一条通も今出川通も、東西方向に延びる道路だ、この2本の道路が交差することは、ありえない。

よって、[今出川]は、道路の名前ではなく、川の名前と解釈すべきだろう。

かつて、[今出川]という名前の川があったのだそうである。相国寺の境内や、御所の敷地の内を、南方向に流れていたのだという。

[今出川 川跡]でネット検索すると、それに関する情報を得ることができるだろう。

[一条今出川]とは、[一条]という名前の道路と、[今出川]という名前の河川が交差している場所を指しているのだろう。

ネット地図を使用して、[京都市 上京区 広橋殿町]で検索すると、[広橋殿町]がどこにあるのか分かると思うが、その町内にある東西方向に伸びている道路が、[一条通]である。

上記(尊氏邸について調べた)で見た、[上長者町通]よりも[一条通]の方が北側にある。

よって、師直の住所は、尊氏の住所の北方のあたり、ということになるのだろう。

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では、尊氏の弟・足利直義(あしかが ただよし)の住所は?

[文献1] 9P,10P に、以下のようにある。

 「桃崎有一郎(ももさき ゆういちろう)氏の研究成果によれば、この時期の直義は「三条殿(さんじょうどの)」あるいは「三条坊門(ぼうもん)」と呼ばれることがもっとも多かった。(「初期室町幕府の執政と「武家探題(たんだい)」鎌倉殿の成立」)。これは、開幕以来の直義の邸宅所在地で、幕府の執政が行われた下京(しもぎょう)三条坊門高倉(たかくら)にちなんでいる。」

[三条坊門高倉]は、[高倉]という名前の道路と、[三条坊門]という名前の道路が交差している場所を指している。ただし、[三条坊門]という名前は、平安時代のものであり(三条坊門小路)、現在の[御池通]に相当する。よって、この当時の直義の住所は、[高倉通]と[御池通]が交差するあたりにあった、ということになる。

ネット地図を使用して、[京都市 中京区 御所八幡町]で検索すると、[御所八幡町]がどこにあるのか分かると思うが、その西端を南北方向に伸びている道路が、[高倉通]である。[御所八幡町]の南半分ほどは、[御池通]の中にある。

上記にも見たように、尊氏の邸宅は、[東洞院通]の道筋にあった。そして、今見たように、直義の邸宅は、[高倉通]の道筋にあった。

[高倉通]は、[東洞院通]の2筋東である。

よって、直義邸は、尊氏邸の、ほぼま南方向にあった、ということになるだろう。

太平記ゆかりの地 インデックス

2019年2月21日 (木)

新作音楽作品の発表 気分よくやっています・第5番

[クレオフーガ](音楽投稿サイト)に、自らが作曲した曲(ピアノ独奏曲)をアップロードしました。曲の題名は、

 I’m feeling good No.5, Op.51
   (気分よくやっています・第5番)

です。

この曲をお聴きになりたい方は、下記で聴いていただけます。(コンテンツ格納先のサイト運営・クレオフーガのサイトにアクセスして)。

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下記にアクセスしていただくと、私が作曲した他の音楽作品を、聴いていただくことも可能です。

私の自作曲たち(クレオフーガ・サイト中にあり)

2019年1月31日 (木)

新作音楽作品の発表 名前はまだ無い・第4番

[クレオフーガ](音楽投稿サイト)に、自らが作曲した曲(ピアノ独奏曲)をアップロードしました。曲の題名は、

 This is not titled yet, No.4, Op.50
   (名前はまだ無い・第4番, Op.50)

です。

この曲をお聴きになりたい方は、下記で聴いていただけます。(コンテンツ格納先のサイト運営・クレオフーガのサイトにアクセスして)。

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下記にアクセスしていただくと、私が作曲した他の音楽作品を、聴いていただくことも可能です。

私の自作曲たち(クレオフーガ・サイト中にあり)

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