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2017年6月16日 (金)

太平記 現代語訳 6-1 護良親王の母、不思議な夢を見る

太平記 現代語訳 インデックス2 (その中に [主要人物・登場箇所リスト]へのリンクもあり)

この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。

太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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時の歩みの止まらざるは、飛矢流水の行くがごとくして、哀楽互いに入れ替わる事、春に開花、秋に落葉あるがごとし。この世の中の有様、ただの夢と言うべきや、幻と言うべきや・・・。

人生というものは常に悲喜こもごも、憂いもあれば喜びもあり。たもとに涙の露を宿すのも今に始まったことではないのだが・・・。

昨年の9月、笠置寺(かさぎでら)が陥落し、後醍醐先帝の隠岐(おき)への島流しの後、先帝の旧臣たちは悲哀のうちに諸所(しょしょ)に蟄居(ちっきょ)、後宮(こうきゅう)の美女三千人は涙のうちに伏し沈む。それもこれも、まことに憂き世の習いとは言いながら、中でもことさら哀れであったのが、先帝の后・親子殿(注1)であった。

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(訳者注1)源親子。源師親の娘。
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彼女に対する先帝の寵愛は浅からず、しかもその上、他ならぬ護良親王を産んだその人である。他の女御や后は彼女に比べてみるならば、美しき花の側に生える深山木(みやまぎ)のようなもの、色も香も無きがごとし。

しかし、政変の終結と共に、すっかり様変わりしてしまった宮中においては、もはや、自らの住む場所さえも確保できない。

親子 (内心)最近のウチ(私)の状態、もうまるで、波のうねりが高まる一方の海上に、舟をこぎ出した漁師のようなもんや。頼りに出来るようなもんなんか、なんもあらへんわ。

親子 (内心)それになぁ、聞くところによれば、陛下のご日常は、「西国の海上の帰らぬ波に浮き沈み、袖に涙の落ちぬ日は無し」というやないか。(涙)

親子 隠岐島(おきのしま)・・・京都からは、万里の彼方に隔たったとこなんやろぉなぁ。陛下も、この月、見てはるんやろぉかぁ。

暁の空にある月を空しく見上げながら、はるか彼方におられる先帝をしのぶしかない親子である。

親子 (内心)親王殿下(注2)も、南方の道無き雲中を踏み迷い、流浪の毎日というやないか。春の夕暮れの空を飛び行く雁に、あの子への手紙を託すこともできひんしなぁ・・・。

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(訳者注2)護良親王。
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親子 (内心)あーあ、あちらを見てもこちらを見ても、嘆きたくなるようなコトばっかしやぁ。

美しい青糸のようだった髪も抜け落ち、あっという間に老けてしまったか、と思われるほど。紅玉のごとき彼女の肌の艶ももはや消え失せてしまっている。

親子 (内心)いっそのこと、今日を限りの命であれば、えぇのに・・・。

親子 (内心)あぁ、やるせな・・・あぁ、もうこのままではたまらん、気ぃ狂いそうやわ。なんとかせな・・・。

親子 (内心)もう、神様におすがりするしかないわ。あの人に頼んでみよ。

「あの人」とは、北野天満宮・付属寺院に所属し、親子づきの祈祷担当として、宮中へもしばしば参内していた僧侶である。

親子は、彼の住居を訪ね、北野天満宮に7日間参籠したい、と依頼した。

僧侶 (内心)うわぁ、とんでもない事、依頼してきはったなぁ・・・。

僧侶 (内心)どないしよ・・・こういうご時勢やからなぁ、幕府にこんな事知れたら、何かまずい事になるかもなぁ・・・うーん、困ったなぁ、どないしたもんやろか・・・そやけどなぁ、親子様には、日ごろのご恩も、すごいあるしなぁ。最近のご様子見てると、ほんまにイタイタしぃて、お気の毒やしなぁ。

僧侶 (内心)親子様からの、たってのご依頼、お断りするのはあまりに無情やし・・・。よし、こないしょう! 拝殿の傍らに狭い一室をしつらえて、そこに参籠してもらうことに、しょやないか。身分の低い女房が参篭している風に装おうんや。

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あわれ、親子よ、これが昔であれば、錦の垂れ幕の奥にきらびやかに装い、薄絹を張った窓の奥に美しい面を隠し、左右に侍る女房たちその数を知らず、あたりも輝かんばかりに、親子にお仕えしていたであろうに。

今は、華やかなりし頃とはうって変わっての、人目を忍んでの北野天満宮への参篭。都に近い所なのに、話相手になる人もない。一夜松(注3)の嵐に夢を覚まされ、主を忘れぬ梅の香りに(注4)、かつての春の日々を回想する親子。

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(訳者注3)「北野天満宮の右近の馬場に一夜のうちに松千本生えるべし」と、天神からの宣託が降り、実際にその通りになった、という。

(訳者注4)菅原道真(すがわらのみちざね)は、藤原時平(ふじわらときひら)の讒言によって九州太宰府に左遷され、そこで失意のうちに亡くなった。その後、京都では時平や天皇の急死、御所への落雷等、不祥事相次ぐ。これはいかん、道真の怨念を鎮めねば、ということで朝廷は北野天満宮を建立、そこに道真を「北野天神」として祭った。道真が左遷の旅にいよいよ出るその時、自宅の庭先の梅の花を見て、詠んだ有名な歌あり。

 東風(こち)吹かば 匂いおこせよ 梅の花 主無しとて 春な忘れそ
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醍醐天皇(だいごてんのう)の御代に荒人神(あらひとがみ)となった菅原道真公の、あの九州への左遷の旅の悲愁を、流刑となった後醍醐先帝の悲哀に重ね合わせ、あるいは自らの苦悩に重ね合わせるにつけても、嘆きは止まる事を知らない。心中に迫り出ずる悲しみの念に圧倒され、読経をしばし止め、涙の中に親子は一首詠んだ。

 哀れやと 思ぉて下さい 天神(てんじん)様 かつてのご苦悩 お忘れなくば

 (原文)忘(わすれ)ずは 神も哀れと 思ひしれ 心づくしの 古(いにし)への旅(注5)

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(訳者注5)かつて道真公が苦しまれたのと同じ苦しみ(流刑に遭って都から遠ざけられる)を今、後醍醐先帝もまた受けておられます。ならば、神となられた今、どうか先帝をあわれみ、お助け下さいませ、という思いを込めている。
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その少し後に、不思議な出来事が起こった。

衣冠を正しくした年齢80歳くらいの老人が一人、親子の伏している枕の側までやってきた。彼は左手に梅の花を一枝持ち、右手には鳩の頭の形がついた杖をつき、とても苦しそうな面持ちをしている。

親子 (内心)いや、このおじいさん、いったいどこの誰なんやろ? 誰も訪ねてきいひん都の郊外のこんな草深いとこに、いったいなんで、こないな人が?

親子 もしもし、おじいさん、あんた、どこのどなたはんどすかぁ? もしかして、道に迷うてからに、こないなとこまで来はったんどすかぁ?

老人 ・・・。(とても苦しそうな様子。無言のまま、左手に持った梅の花を親子の枕元に置いて去っていく)

親子 あ、おじいさん、おじいさん、どこ行かはんのん・・・。

老人 ・・・。(消失)

親子 ・・・なんとまぁ、ミョーなおじいさんやったなぁ。

親子 あれ、短冊、落として行かはったやん。なんか書いたるよ・・・どれどれ・・・えー!

 時(とき)経(た)てば やがては輝く 月光が 陰ったくらいで めそめそするな

 (原文)廻(めぐ)りきて 遂(つひ)にすむべき 月影(つきかげ)の しばし陰(くもる)を 何(なに)歎(なげ)くらん

親子 (ガバッ・・・夢から覚める)・・・あぁ、夢やったんかぁ。

親子 (内心)それにしてもやでぇ、さっきの夢に見たあの和歌、ジツに意味シン(深)やった。

親子 (内心)あの和歌の意味を、よぉよぉ考えてみるにやネェ、陛下、そのうちいつかは京都にご帰還あそばされ、宮中の主の座に復帰されるやろ、という事やろかねぇ。

親子 (内心)うん、うち、なんか希望わいてきたわぁ!

まことに、かの北野天満宮(きたのてんまんぐう)・菅公(かんこう)の廟(びょう)と呼ばれている地こそは、大慈大悲(だいじだいひ)の観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)が、天満天神(てんまんてんじん)に化身して鎮座まします所。一度(ひとたび)そこに歩みを運ぶ者は二世(注6)に渡って望みが成就され、わずかに天神の御名をお唱えするだけでも、その者の所願はすべて聞き届けられるのである。

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(訳者注6)現世と来世。
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ましてや、千筋万筋もの血涙をしたたらせて7日7夜参籠し、天神への誠を込めた親子である。彼女の願いはまさしく、人間の目には見えぬルートを経由して天神のもとに伝わり、その感応ありて、そのような夢のお告げとなったのであろう。

親子 いやぁ、世も末やというけどやねぇ、まこと込めての信心していった時には、神様も仏様も、ちゃあんと不思議なお力を示してくれはる、いう事なんやねぇ・・・よぉーし!

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