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2017年8月11日 (金)

太平記 現代語訳 9-9 光厳天皇ら、京都に護送される

太平記 現代語訳 インデックス2 (その中に [主要人物・登場箇所リスト]へのリンクもあり)

この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。

太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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後醍醐先帝(ごだいごせんてい)の第5親王をリーダーと仰ぐ野伏(のぶし)らのグループは、光厳天皇(こうごんてんのう)と後伏見上皇(ごふしみじょうこう)を拘束し、とりあえず長光寺(ちょうこうじ:滋賀県・近江八幡市)へ遷した。

その寺の中で光厳天皇は、三種神器(さんしゅのじんき)をはじめ、玄象琵琶(げんじょうのびわ)、下濃琵琶(すそごのびわ)、清涼殿(せいりょうでん)に安置の本尊仏に至るまで、全ての皇室の重宝を、手ずから第5親王に引き渡された。

古代中国・秦(しん)王朝最後の皇帝・子嬰(しえい)は、漢の高祖(かんのこうそ)によって国を滅ぼされた。子嬰はその時、天子の御印と割符(わりふ)を首に掛け、白木の車に乗って軹道(しどう)の駅亭まで出向いたのであったが、その秦王朝滅亡の時とまったく同様の光景が今まさに、この長光寺の中で展開されていったのである。

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日野資名(ひのすけな)は、光厳天皇の近臣中、最大の寵臣(ちょうしん)であったので、

日野資名 (内心)あぁ、エライ事になってもたわ・・・これからわしいったい、どないなエグイ目にあわされるんやろ・・・。

彼はついに意を決し、付近の辻堂(つじどう)に滞在していた一人の遊行僧(ゆぎょうそう:注1)のもとへ行った。

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(訳者注1)全国を旅しながら修行する僧。
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日野資名 あんな、アンタに頼みがあるんやが!

遊行僧 エッ、いったいなんですかい? ワタシみてぇなもんに、いったい何をせぇとおおせで?

日野資名 あんな・・・出家してまいたいんやわ。戒師(かいし)になってくれや。

遊行僧 あぁ、そういう事ですかぁ。ハイハイ、そんなのお安いご用でさぁ。

戒師役をつとめるその遊行僧が、いよいよ資名の髪を剃り落とそうとした時、資名はいわく、

日野資名 出家の時には、戒師は何やら、「四句の偈(げ)」とかいうのんを、唱える事になってるそうやなぁ?

遊行僧 う?・・・あ、そうそう、そうですよ、そうですよ・・・四句の偈ね・・・うーん、えぇっとぉ・・・。

彼は、その偈を知らなかったものと見え、

遊行僧 うぅん・・・如是畜生(にょぜちくしょう) 発菩提心(ほつぼだいしん)!(注2)

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(訳者注2)汝は畜生(人間以外の動物)のごとき存在ではあるが、仏道を求める心(菩提心)を起せ、ならば汝は必ず救われるであろう、なぜならば、畜生にさえも仏の救済の手はさしのべられていくのであるから、という意味。
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資名と同様に、自分も出家しようと思い、ちょうど髪を洗い終わったばかりの三河守友俊(みかわのかみともとし)は、これを聞いていわく、

三河守友俊 ウハハハハ・・・こらマイッタなぁ・・・命おしさに出家しよう思ぉとったら、ビシーンと、言われてもたやないかいな、「汝は是れ畜生なり」てかいや・・・おっかしいわなぁ、笑えてくるわなぁ、ウハハハハ・・・。(注3)

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(訳者注3)「自分の命が惜しいという、ただそれだけの理由により、出家して仏門へ入るとは、何というあさましい貪欲な心、それでは畜生同然ではないか」という自嘲の念が、この笑いの背後にあるのであろう。
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馬場(ばんば:滋賀県・米原市)まで天皇に付き従ってきた公家たちも、ここかしこへと逃亡、出家遁世(しゅっけとんせい)して退散してしまい、今となっては、光厳天皇、皇太子・康仁親王(やすひとしんのう)、後伏見上皇、花園法皇の側に供奉する者は、経顕(つねあき)と有光(ありみつ)の両人のみ。その他の人々はみな、コワモテの連中らに前後をとり囲まれ、粗末な網代輿(あじろごし)に乗せられて、京都へ護送されていった。

京都へ帰ってきた一行を、街頭に立って見つめながら、人々は口々に、

見物人A いやぁ、それにしてもまぁ、不思議なもんやないかいな。先帝陛下を笠置(かさぎ)で生け捕りにして、隠岐島(おきのしま)へ島流しにしてしまわはった事の報いが、3年もたたんうちに、こないな形で現われるとはなぁ・・・ほんま、えらいこっちゃわ。

見物人B 「昨日は他人事やと聞き流してたことが、今日になってみたら、自分事になってもた」っちゅぅのん、まさにこないな事を言うんでっしゃろなぁ。

見物人C あこ行かはる天皇陛下も、これからどっかへ、島流しになってしまわはるんやろぉか。

見物人D この先きっと、いろいろと苦しい目に、おぉていかはんねんやろぉねぇ、ほんまに、お気の毒なことどすぅ。

心ある人も心無き人も皆、この歴然たる因果応報の理(ことわり)には、ただただ感じ入り、袖を涙で濡らすばかりである。

太平記 現代語訳 インデックス2 (その中に [主要人物・登場箇所リスト]へのリンクもあり)

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