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2017年9月12日 (火)

太平記 現代語訳 12-6 神泉苑の修復工事

太平記 現代語訳 インデックス3 (その中に [主要人物・登場箇所リスト]へのリンクもあり)

この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。

太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。

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戦乱がおさまった後も、依然として妖気は残り、何かしら、禍の相が示されてくる。それを消滅せしめるには、真言密教の秘法を用いるのがベスト、ということで、にわかに神泉苑(しんせんえん)の修復工事が、行われる事になった。

この神泉苑というのは、古代中国周王朝・文王が作ったという[霊園](注1)にならって、大内裏が初めて造営された時に築かれた、4方8町の広さの庭園である。

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(訳者注1)墓地ではない。庭園の名前である。
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その後、桓武天皇(かんむてんのう)の御代に、内裏南・朱雀門(すざくもん)(注2)の東西に、二つの寺院が建立された。左側(注3)を[東寺](注4)、右側を[西寺]と号した。

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(訳者注2)「朱雀門」とあるが、これは、太平記作者のミスであろう。

(訳者注3)南を向いて座す天皇から見て左側、ということになるので、東側、ということになる。

(訳者注4)教王護国寺。
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東寺においては、弘法大師・空海(こうぼうだいし・くうかい)が、胎蔵界(たいぞうかい)700余尊(注5)を安んじ、金輪世界(こんりんせかい)の帝王である天皇の位を守る。

西寺においては、奈良の守敏僧都(しゅびんそうず)が、金剛界(こんごうかい)500余尊(注5)を顕わして、天皇の身体の長久を祈る。

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(訳者注5)真言密教においては、仏の世界を、胎蔵界と金剛界の2世界で表現する。それぞれの世界をビジュアル的に表したものが、「両界曼荼羅(りょうかいまんだら)」であり、その中には、多くの仏・菩薩が描かれる。
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このような状況下において、桓武天皇の御代・延暦23年の夏、空海は、仏教を学ぶために、中国・唐へ渡海した。その間、守敏僧都一人、天皇のお側近くに仕え、朝夕の加持を行っていた。(注6)

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(訳者注6)ここに至るまでの記述中には、史実に反している内容がある。空海が遣唐使の一員として中国に渡ったのは、たしかに延暦23年(804)ではあるが、東寺の管理が空海に任されることになったのは、弘仁14年(823)である。
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ある時、陛下が手を洗おうとされたのだが、手水に氷が張っていてあまりに冷たそうなので、しばらく躊躇(ちゅうちょ)しておられた。

それを見た守敏は、その水に向かって火印を結んだ。すると、氷はたちまち解け、やがて水からは湯気が立ち上ってきた。これをご覧になった陛下は、しきりに不思議がられ、一計を案じられた。

天皇 おいおい、ここの部屋の火鉢にな、炭火をカンカンにおこしてな、周りに障子を立てめぐらせい!

お側づきの者 ハハーッ!

やがて、室内に暖気が充満してきた。

天皇 ふうー・・・外は冬やけど、この部屋の中だけは、ポカポカやなぁ。もう三月になったみたいやで。

天皇 (顔の汗を拭いながら)さて、守敏、お前の法力で、この炭火が消せるかな?

守敏 (黙って、火に向かって「水の印」を結ぶ)

天皇 オォォーッ、なんと! 炭火があっという間に消えてしまいよった! もう灰しか残っとらんぞ。(ブルブル)おぉ寒ぅ! なんか、全身に水ぶっかけられたような感じ、してきた。

これより後、守敏は、この様な奇特不思議をたびたび顕わした。まさに、彼の体内に、神通力が宿ったようである。天皇は、守敏に、のめりこまんばかりに帰依し、信を寄せるようになった。

このような状態の所に、空海が唐から帰ってきた。帰国後すぐに、彼は御所に参内した。

天皇は空海に、中国の様々な事情を尋ねられた後、先日からの守敏の見せた不思議な術の事を語られた。これを聞いた空海は、いわく、

空海 メミョウ(注7)が帷(とばり)をかかげれば、鬼神も口を閉ざしてそこを去り、センダンケイジッタ(注8)が塔を礼拝すると、それが崩れて、埋葬されていた屍が姿を現した、とか。この空海が居合わせている場所では、守敏も、そないな奇特を顕わすことは不可能でしょうよ。

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(訳者注7)古代インドの仏教僧。

(訳者注8)月支(げっし)の国王。
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天皇 (内心)えらい自信やなぁ。よし、そこまで言うんやったらな、いっちょ、実験してみてやろかい。いずれ適当な時期を見て、二人に術比べさせてみて、わしのこの目で、その威力の優劣を、きっちぃんと、見定めたんねん!

ある日のこと、空海が参内して来た。

天皇 あ、空海、あのな、おまえ、ちょっと、あっちの部屋に隠れとき。

次に、守敏が参内してきた。

その時、天皇は、湯薬(とうやく)を服用しようとしておられたのだが、薬が入っている器を前にして

天皇 この水、冷たすぎるわ。いつものように、術かけて、暖めてぇな。

守敏 はい、お安い御用です。(器に向かって火印を結ぶ)

守敏 (内心)あれっ?

水は湯にならない。

天皇 これはいったいどないした事や・・・不思議やなぁ。(左右のお側づきの者に向かって、目配せ)

内侍(ないし)次官がその器を取り、わざと、そこに熱く沸き立った湯をそそいで持ってきた。

天皇 おいおい、これでは熱すぎ。器、持てへん。

守敏は、先ほどの失敗にも懲りずに、

守敏 では、少し冷まして進ぜましょう。(器に向かって「水印」を結ぶ)

湯はあいかわらず、器の中で沸き返ったままである。連続の失敗に、守敏は顔色を変じ、当惑している。

すると、空海が、障子を開けてそこに現われた。

空海 なんとなんと、守敏どの、私が、あちらの部屋に居たともご存じなかったのですかいな。星の光は朝日の前に消え、蛍の火は暁の月に隠れ、といったとこかいなぁ、はっはっはっはっは・・・。

守敏 ・・・。

大いなる恥辱を受けて、守敏は心ふさぎ、怒りを内に隠しながら退出していった。

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それより守敏は、天皇に対して恨みを抱き、憤りの心は骨髄にまでしみわたり、

守敏 (内心)よし、日本国中を大旱魃に陥れ、全ての国民を、一人残らず飢餓に陥れてやろう!

守敏は、三千大世界中の龍神たちを残らず捕えて、小さな水瓶の中に押し込めてしまった。

かくして、夏の初めより3か月間、雨が全く降らず、農民は農作業を行うことができなくなってしまった。天皇の一行為が、国中の人民の愁いを招き寄せる事になってしまったのである。

陛下は、天災に苦しむ民の姿を愁い、空海を招いて雨ごいの祈祷を行わせよう、と考えられた。

勅命を受けた空海は、まず7日間の禅定に入り、三千世界を残らずサーベイ(観照)した。

空海 (禅定の中の思考)うーん・・・なるほど・・・どこを見てもかしこを見ても、龍神たちはことごとく、守敏の呪力でもって、水瓶の中に追い込められてるんやなぁ。どうりで、雨を降らす事のできる龍神が、全くおらんわけや。

空海 (禅定の中の思考)おっと待てよ・・・あそこに一体だけ、龍神が残ってるのが見える。ははーん、あれは、インド北辺境・ヒマラヤ山脈の北、無熱池(むねつち)に住んでる善女龍王(ぜんにょりゅうおう)やな。あの龍王は、守敏よりも上位の菩薩位にいるんで、彼の術も通じひんかったんや。よしよし・・・。

空海は禅定を終了し、自らがサーベイした内容を天皇に報告した。そこで天皇は、彼の提案を採用し、急いで内裏の前に池を掘らせ、清涼なる水をたたえさせた。

天皇 さ、空海、はよ、善女龍王に、この池へ来てもらうようにせぇ。

空海 はい、では・・・

空海は、[龍王勧請(かんじょう)の行]を開始。

そして、かの善女龍王が、金色の8寸大の龍の姿をなし、長さ9尺ほどの蛇の頭に乗って、この池に降り立つのを、空海は透視し、天皇にその由を報告した。

天皇は驚嘆し、和気真綱(わけのまつな)を勅使として送り、御幣や種々の供物を、龍王に供せられた。

やがて、湿雲がむくむくとわき上がってきて、日本全土を雨が潤し始めた。雨は3日間降り止まず、旱魃の憂いを消滅せしめた。

これより、天皇は、空海が説く真言密教をさらに熱心に崇められることとなった。

守敏の怒りは更に増した。

守敏 よぉし、ならば、空海を、調伏(ちょうぶく)してやろうやないの。

守敏は西寺に引きこもり、三角の壇を構え、本尊仏を北向けに立て、軍茶利明王(ぐんだりみょうおう)の法を修し始めた。

これを聞いた空海はすぐに、東寺に護摩壇を構え、大威徳明王(だいいとくみょうおう)の法を修し始めた。

両人ともに徳行長けた僧侶、軍茶利明王と大威徳明王が次々と放つカブラ矢は、空中で衝突しては、二人の間に落ちていく・・・。

空海は、守敏を油断せしめんと、一計を案じた。

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公卿A なぁなぁ、聞かれましたか! 空海が、亡くなったそうですよ!

僧侶B えぇっ!

公卿C ほんまでっかいなぁ!

庶民D おいおい、聞いたか、空海様が亡くなられたんやて!

庶民E えっ、亡くなられた・・・うううう(涙)

庶民F あぁ、あのお方がもう、この世におられないとは・・・なんちゅう悲しい事なんや・・・。

庶民G もう、この世は闇やぁ(涙)。

これを聞いた守敏は大喜び。

守敏 やった! 私の仏法の威力が、空海の法力に勝ったんや。闘いは終わった。

そこで、守敏は壇をかたづけ始めた。そのとたん、

守敏 ウウウウッ 目がくらむぅ! アアアアーッ!

鼻から出血し、心身悩乱状態になった守敏は、仏壇の前に倒れ伏し、ついに命終わってしまった。

「呪詛(じゅそ)諸毒薬(しょどくやく)還着(げんじゃく)於本人(おほんにん)」(注9)と仏が説かれた金言のまったくその通りの結果となってしまった・・・まことに不可思議な仏法の効験である。

この事件があってからというもの、東寺は繁盛し、西寺は衰亡の一途をたどった。

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(訳者注9)「他人に対して呪詛(のろう)したり毒を盛ったりする、というような悪行の因は必ず悪果を生む。そしてその悪果は必ず、その悪行を行った本人のもとへ還ってくるよ」という、仏様よりの警告。[法華経 観世音菩薩普門品第二十五]中の一節から採ったものであろう。

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雨乞いの行を修する際に、空海は、茅(ちがや)という草を結んで龍の形を作り、それを壇の上に立てて、行った。行の了満の後、諸々の菩薩を極楽に送る際に、善女龍王をそのままその池に留め奉り、「弥勒菩薩(みろくぼさつ)がこの世に現れて、衆生を救済する時が来るまで、日本国を守護し、私の修した法を実効ならしめたまえ」との契約を交わしたので、今もなお、善女龍王はあの池に住んでいる。

かの茅製の龍については、大龍となって無熱池へ飛び帰った、という説もあるし、菩薩らと共に空に昇って東を指して飛び去り、尾張国・熱田神宮(おわりこく・あつたじんぐう)に留まっている、という説もある。これこそまさに、仏法東漸(ぶっぽうとうぜん:注10)の前兆、日本国家鎮護(ちんご)の奇瑞(きずい)と、言えよう。

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(訳者注10)仏教がインドから東方の世界に、伝播していくこと。
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空海 この池にとどまった龍王が、他の世界に移ってしまうやいなや、池は浅くなり水量は減少、ひいては、わが日本の国土は荒廃に帰し、国富も減少してしまうことやろう。そのような事態に至った時には、私に帰依する門徒たちよ、君らが、祈請を込めて再び龍王をここに招き奉り、日本の国家を救うべし!

現在、この池の水位はすっかり低下し、ほとんど水が無くなってしまっている。おそらく、龍王は他へ移ってしまわれたのであろう。

しかしながら、密教の雨乞いの祈祷を修するごとに、祈請に応じての霊験は、今もなおあらたかだから、いまだに、わが国を見捨ててはおられないのだろう。まさに、時に叶って風雨をもたらす、感応奇特の霊池と言えよう。代々の天皇もこれを崇め、家々の賢臣もこれを敬ってきた。旱魃が起った時には、まずこの池を浄めたものである。

しかし、後鳥羽天皇が退位されてから後、健保(けんほう)年間の頃より、この池は荒廃していった。棘(いばら)が道を閉ざすのみならず、蛇を害する猪や鹿が苑内に放たれ、カブラ矢の音が、池を守る仏教守護神の耳を驚かし、馬蹄の響きが、諸神の心を騒がす。このような様を見て、心ある人はみな、恐れ、嘆いていたのである。

承久の乱の後、北条泰時(ほうじょうやすとき)は、密かにこの池の荒廃を悲しみ、築垣を高く構え、門を固めて、様々の穢(けが)れの侵入を防がしめた。しかしその後、月日の経過と共に、門も垣も次第に崩壊。俗世間の男女の出入りを制止することも出来ず、牛馬が水や草を求めて、何はばかることなく往来するような状態になってしまった。

きっと、龍神はこれを不快に思っておられることであろう、速やかに修復して、尊く崇め奉るべきである。この池をきちんと祭ったならば、わが日本の国家はうまく治まっていくのだから。

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