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2018年2月22日 (木)

太平記 現代語訳 27-2 四条河原・桟敷倒壊事件

太平記 現代語訳 インデックス6 (その中に [主要人物・登場箇所リスト]へのリンクもあり)

この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。

太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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世間の声A それにしても、今年はほんまに、キッカイ(奇怪)な事ばっかし起こりますわなぁ。

世間の声B キッカイちゅうたら、これもまたまた、キッカイな話やと、思えてしゃぁないんやが・・・あんなぁ、最近京都中、猫も杓子(しゃくし)も、田楽(でんがく)、田楽言うて、えらい騒ぎやがな。いくらなんでも、ちと度が過ぎてるんちゃうかい?

世間の声C そうですなぁ、ほんま、田楽はチョウ人気ですわ。将軍はんも、メッチャ田楽にイレこんだはるみたいですやん。

世間の声D あのお人が、田楽にイレこんだはるとなったら、そらぁもう国中、右へならえですからなぁ。

世間の声E もうみんな、なぁ(何)も手ぇつかへん。朝から晩まで田楽、田楽、せっせせっせと、金の浪費や。

世間の声F あのっさぁー、みんなっさぁー、憶えてるっかっなぁー? 鎌倉幕府滅亡の時の、最高権力者だった人んこと。

世間の声A あんたのお言いやしとん、北条高時(ほうじょうたかとき)はんのことですかいなぁ?

世間の声F そうだっよぉー、高時だよぉ。あの男も、えらい田楽にイレ込んでたわよねぇ。で、そのあげく、あのザマっさねぇ。北条家も、あの男でとうとう断絶しちゃったんだよねぇー。

世間の声B なるほどなぁ、そう言われてみると・・・。

世間の声F 将軍さんもっさぁ、いいかげんにしとかないとっさぁ、この先、足利家、あんましイイ事ないんじゃぁ、なぁい?

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京都朝年号・貞和(じょうわ)5年(1349)6月11日、一人の修行の旅僧が、一大公共事業を思い立った。京都の鴨川(かもがわ)に、四条(しじょう)大橋を架けようというのである。(注1)

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(訳者注1)四条通りと鴨川とが交差する場所への架橋。現在の四条大橋がかかっている、まさにその場所。
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彼は、その資金集めの為に、「四条河原・紅白田楽合戦」の興行を企画した。(注2)

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(訳者注2)興業を行って得られた利潤を、架橋建設費用に充てようというのである。現代においても、このようなイベントが開催されることもあるかも。
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さっそく、鴨川の四条河原に、舞台の設営が始まった。

京都の住人G えーっ! 「紅白田楽合戦」やてぇ!

京都の住人H いったいなんですのん、それ?

京都の住人I なんでもな、新座と本座の田楽ダンサーを合わせた後にやな、彼らを「ベテラン組」と「若手組」の紅白に分けてやな、そいでもって、互いに芸を競わせる、とかいう事らしいで。

京都の住人J うわぁ! という事はですよぉ、今をときめくダンサーたちが一同にっちゅう事ですやん。すごいわぁ!

京都の住人K あぁ、こらぁ、見逃せまへんなぁ。

京都の住人L うち、ぜったい、見にいくしぃ!

京都の住人M うちも!

田楽合戦興行の予告を聞いて、京都中の男女は上下を問わず、興奮の極に達した。

まず、要人たちが、当日の催しを是非とも見物しようと、四条河原に観覧用桟敷の建設を始めた。

朝廷においては、摂政・二条良基(にじょうよしもと)をはじめ、諸大臣たち、

宗教界からは、天台座主(てんだいざす)・梶井門跡(かじいもんぜき)・尊胤法親王(そんいんほっしんのう)、

幕府からは、征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)・足利尊氏(あしかがたかうじ)。

こういった人々の桟敷の建設が始まるや否や、その下位の人々は言うに及ばず、公家に仕える侍、神社仏閣の神官や僧侶までもが、我も我もと。5寸、6寸、8寸、9寸と様々の太さの阿武産(注3)等の材木を使い、穴をくりぬいて組み合わせ、3重4重に、おびただしい数の桟敷を建設。その周囲は83間、まさに一大壮観である。(注4)

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(訳者注3)長門国・阿武郡(山口県・萩市)で産出された材木。

(訳者注4)[太平記 鎮魂と救済の史書 松尾剛次 著 中公新書 1608 中央公論新社] の 140ページ に、以下のようにある。

 「・・・新座(奈良田楽)と本座(京都白川田楽)の田楽師が招かれ、芸比べを行った。四条河原には見物者用に桟敷が造られた。・・・」
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そしてついに、待ちに待った「四条河原・紅白田楽合戦」の日となった。

車や馬が殺到してきて、四条河原をくまなく埋めつくした。幔幕(まんまく)は風に飛揚し、薫香(くんこう)が天に散漫していく。

舞台の東西には、2個の楽屋が設置されており、それらと舞台との間には橋がかけられている。田楽ダンサーたちは、その上を通って舞台に登場するのだ。楽屋の幕は絞り染、天蓋の幕は金襴、ゆらゆらと風に揺らぎ、まるで炎が立ち上っているかのようである。

舞台の上には、木製の椅子や縄製の椅子が並び、紅緑の毛氈(もうせん)を敷いた上には、豹や虎の皮が敷かれている。その目にも鮮やかな舞台を見ていると、うっとりとなってきてしまう。

やがて、舞台の上に楽師たちが、しずしずと登場し、着席。

いよいよ定刻、舞台の上に、進行役が現れた。

進行役 えー、エヘン、エヘン・・・スゥー(大きく息を吸う音)・・ルレイディーズ(ladies)、アェーンド(and)、ジェントルメーン!(gentlemen) 長ぁらくお待たせいたしました! いよいよ、皆様お待ちかね、「四条河原・紅白田楽合戦」の、はぁじまり、はじまりぃー!

聴衆一同 うわー、きゃー、パチパチパチパチ・・・ピィピィピィピィ・・・。

進行役 本日この日の晴れ舞台に立つ為に、田楽ダンサー一同、そらもぅ、不眠不休の練習を続けてまいりましたぁ! その成果、これからトップリと、見ていただきましょかいなぁ!

聴衆一同 うぉー、きゃぉー、ピィー、ピィー、パチパチパチパチ・・・。

進行役 それでは・・・ミュージック、スタートォ!

楽師たちが、爽やかなる前奏曲を奏ではじめた。

鼓 パン・・・ポン・・・ピン・・・ポン・・・

笛 EーEーDCDEFGECGE、DーDーEDCBAGBDBGー、・・・。

聴衆一同 ・・・。

舞台の上に響き渡る雅やかな調べに、全聴衆は、みじろぎもせずに、じっと耳をすませて聞き入っている。

さぁ、いよいよ田楽ダンス開始である。東西双方の楽屋で、鼓を鳴らし始め、笛の音合わせが始まった。

鼓群 ポン・・・ポン・・・ポン、ポン、ポン・・・。

笛群 ビー、ピー、ヴワーン・・・ビー、ボー、ボー・・・。

聴衆一同 ・・・。

やがて、東の楽屋から、花も匂わんばかりの、紅粉で化粧した美麗なる童子が8人練り出してきた。全員、金襴(きんらん)の狩衣(かりぎぬ)を着ている。

同時に、西の楽屋からは、白く清らかなる僧侶姿のダンサー8人が登場。薄化粧してお歯黒をし、様々の花や鳥の柄を織り込んだり染め込んだりした狩衣、銀を散らした紫色の袴の裾を結び、拍子を打ちながら、狩り用の笠を傾けて、進み出る。そのきらびやかな姿は、言葉にも尽くしがたいほどの見事さである。

簓(ささら)(注5) パシリリリン・・・パシリリリン・・・。

拍子木(注6) カキーン、カキーン・・・。

第一番の簓を打つは、本座の阿古(あこ:注7)、拍子木(注6)は、新座の彦夜叉(ひこやしゃ:注7)、刀玉(かたなたま:注8)は道一(どういつ:注7)、各々、神業のごとき名人ゆえ、聴衆はただただ恍惚として見入るばかり。

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(訳者注5)竹や細い木などを束ねたもので、打楽器として使われていた。

(訳者注6)原文では、「乱拍子は新座の彦夜叉」。

(訳者注7)いずれも、田楽ダンサーたちの芸名である。

(訳者注8)刀を投げ上げて手で受けとる、というパーフォーマンス。
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かくして、最初の手合わせは終わった。

進行役 いやぁみなさん、いかがでしたやろか? 大いにお楽しみになられたようですなぁ! いやぁ、それにしても、なんちゅう見事な芸でっしゃろなぁ! そらそうですわなぁ、今日の演者は、日本国中のトップタレントぞろいですからねぇ。

進行役 そやけどな、もっとスゴイんは、これからだっせ!

聴衆一同 ウーン!

進行役 さぁ、では、行きましょう、次なる演目は、「あらたかなり、日吉山王権現示現利生(ひよしさんのうごんげんのじげんりしょう)」!

聴衆 ・・・(かたずを呑む)

進行役 演者の皆様方、用意はよろしいか? よろしいですな? はい、ではスタートォ!

謡方N はぁーーーぁ!

謡方O やぁーーーぁ!

謡方P いやぉー!

鼓Q ポン!

謡方N いやぉー!

鼓Q ポン!

謡方全員 いやぉー!

鼓全部 ポン!

謡方全員 いやぉー!

鼓全部 ポン!

演奏と共にしずしずと舞われる優雅な舞踊に、聴衆は心奪われていた・・・と、その時、

謡方全員 いやぉー! いやぉー!

鼓全部 ポン・・・ポン・・・ポン・・ポン・・ポン・ポン・ポンポンポンポンポン・・・。

聴衆一同 オ・オ・オ・・・・!

やにわに、新座側の楽屋から、猿の面をかぶった8、9歳ほどの童子が一人、舞台の上に飛び出してきた。新座所属の若手ホープである。赤地の金襴の打掛(うちかけ)を着、虎皮の靴を履いている。

御幣を差し上げ、テンポ(tempo)・アレグロ(allegro)で刻まれる急拍子に合わせ、舞台の上を所狭しと、まさに本物の猿のように駆け回る。紅緑の反り橋を斜めに渡ったと思えば、その欄干の上にすっと飛び上がる。まるで平均台運動を行っているかのように、細い欄干の上を、左へ回り右へ曲(めぐ)り、宙返りしたと見るや否や、次の瞬間、空中高く跳躍。

そのしなやかな身のこなし、その身体移動のスピード、跳躍ポイントの高さ、空中浮揚時間の長さ、とても、この世の人間とは思えない、まさに、日吉山王権現の憑依を受けて、このような驚異の超パーフォーマンスが今、聴衆の眼前に示現されているのであろうか・・・。

聴衆は、興奮の極みに達した。

聴衆一同 ウワァー! キャァー! ウワァー! ウワァー! キャァー!

聴衆の大歓声は四条河原を覆いつくし、しばし、静まる所を知らない。

その時、足利尊氏の桟敷のあたりで、一人の美しい女性が、練り絹の衣服の褄(つま)を手に取りながら、立ちあがった。

彼女は、手に持った扇で、幕を揚げた。すると、

桟敷 ドドド・・・バシバシバシ・・・ドシャドシャドシャ・・・バリバリバリ・・・。

上下249間の桟敷の全てが、将棋倒しのごとく、一斉に倒れた。あっという間の出来事であった。

崩れ落ちてくる太い材木に当たって、即死する人は無数。

窃盗の機会を窺って、田楽会場にたむろしていた盗人らは、このドサクサに紛れて、さっそく仕事を始めた。悪運の強い者は、他人の太刀や刀をとっさに奪ってその場から逃げおおせ、そうでない者は、持ち主によって、その場に切り倒される。

腰や膝を打ち折られる者あり、手足を打ち切られてしまう者あり、あたり一面、ウメキ声が充満している。自分が抜いた太刀や長刀に、自らの身体のここかしこを突き貫かれて血にまみれる者もいる。お茶の為に沸かした熱湯を頭から浴びて、おめき叫ぶ者もいる。あの八熱地獄(はちねつじごく)の中に存在するという衆合地獄(しゅうごうじごく)、叫喚地獄(きょうかんじごく)の罪人の惨状もかくや、と思われるほどの状態が、ここかしこに展開されている。

田楽ダンサーは鬼の面を着けながら、装束を奪って逃げていく盗人を、赤い棒を打ち振って追い走る。見物にやってきた女性をひっさらい、かき抱いてそこから逃げようとする者、その後を抜刀して追いかける家臣たち、中には、刀を抜いて反撃に打って出ている盗人もいる。

あたり一面、刀で切られ朱に染まる者が充満、阿修羅(しゅら)たちの戦闘、地獄の獄卒(ごくそつ)たちの呵責(かしゃく)を、まさに今、眼前に見るの感がある。

「田楽鑑賞中の梶井門跡(かじいもんぜき)、腰に打撲傷を負う」と聞いて、さっそく誰かが、一首の歌を作り、四条河原に立てた。

 釘打って 造った桟敷 倒壊や 欠陥商品やで 鍛冶ィ屋(かじいや)の宮(みや)さん

 (原文)釘付に したる桟敷の 倒(たおる)るは 梶井宮(かじいのみや)の 不覚なりけり(注9)

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(訳者注9)「釘」と「梶=鍛冶」とをかけている。「鍛冶屋の宮さん、桟敷を倒壊させるような不良品の釘作ったら、だめでしょうが」の意。
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また、関白・二条良基(にじょうよしもと)も、その田楽見物の場にいたと聞いて、

 田楽(でんがく)の 将棋倒し(しょうぎだおし)の 桟敷(さじき)の上 王様(おおさま)だけは いいひんかった

 (原文)田楽の 将棋倒(だおし)の 桟敷には 王許(ばかり)こそ 登(あが)らざりけれ(注10)

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(訳者注10)「将棋」と「王」とをかけてある。「王」とは天皇、上皇を指しているのであろうか。「関白などという高貴の地位にある人までもが、このような到底高尚とは言い難いような見世物(田楽)をノコノコと見物に行き、そのあげく、将棋倒しの惨事に遭遇してしまったではないか。天皇や上皇まで見にいっていたら、もうそりゃ大変な事になっていたろうなぁ」の意であろう。
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「これはまったくタダゴトではない、きっと、天狗か何かの仕業であろう」ということで、さっそく当局は捜査を開始。その結果、以下のような、驚くべき証言が得られた。

比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)・西塔(さいとう)エリア・釈迦堂(しゃかどう)の長講会(ちょうこうかい)講師の任にある僧侶が、当日たままた、所用を果たすために、比叡山を下り、京都へ向かっていた。

道中、一人の山伏(やまぶし)に出会った。

山伏は、僧侶にいわく、

山伏 これから四条河原でな、一世一大の見物が上演されるっちゅう話ですわ。あんたも、見に行かはったら、どないだす?

僧侶 へぇ、そうですかいなぁ、そら惜しい事したなぁ。そないなケッコウな催しもんがあるんやったら、もっと早ぉに、山、下りてくるんやった。もう昼過ぎですやんか、今から見に行っても、とても間にあいませんわなぁ・・・。いや、それにな、たとえそこへ行けたたとしてもですよ、桟敷の予約も何もしてませんから、中へ入れてもらえませんわ。

山伏 いやいや、心配ご無用。中へは簡単に入れまっさ。なんやったら、わたいの後に、ついてきなはれ。

スタスタと歩き出した山伏の後ろ姿を見ながら、僧侶は、

僧侶 (内心)一世一大の見物やてかぁ・・・あの人がオーヴァーに言うてるんやなかったら、そらほんまに凄い見物なんやろうなぁ・・・。よし、いっちょ、行ってみよ。

僧侶 あ、ちょっと、ちょっと、待ってくださいな。私もお伴させてもらいまっさ。

僧侶は、山伏の後を追って歩み出した。

不思議や不思議、たった3歩進んだだけで、僧侶は四条河原に着いてしまった。

僧侶 なんやなんや、これは! いったいどないなってんねん! まぁなんと不思議な事やなぁ・・・。

田楽の開演時刻が迫っていたのであろう、今まさに、桟敷の外門が閉められようとしている所であった。何とかそこは通過したものの、入り口の木戸は、既に閉ざされてしまっていた。

僧侶 あんた、いったいどないして、この中へ入るっちゅうんですか?

山伏 ハハハ、わたいに任せとき。さ、わたいの手につかまりなされ。

僧侶 エェー、いったいどないするんですか?

山伏 決まってますやんか、二人でいっしょに、あの木戸を飛び越えてな、桟敷の中に入るんです。

僧侶 (山伏の手につかまりながら)(内心)ほんまかいなぁ・・・そないな事できるはずが・・・あぁっ!

山伏は、僧侶を小脇に挟むやいなや、跳躍した。三重に設営されている桟敷群の上を、二人の体は軽々と飛び越え、足利尊氏の桟敷へ着地した。

僧侶 (内心)おいおい、これはまたエライ桟敷に飛び込んでしもたで。なんと、将軍様の桟敷やんか!

僧侶 (内心)うわぁ、この桟敷にいるのん、幕府のオエラガタばっかしやん・・・将軍様、仁木(にっき)家、細川(ほそかわ)家、高(こう)家、上杉(うえすぎ)家のお歴々・・・。

僧侶 (ヒソヒソ声で)ちょっとちょっと、あんた! こないなとこに、我々シモジモのもんが入ったらあきませんで! 見つかったらエライこっちゃがな。

身をすくめる僧侶に対して、山伏は、

山伏 (ヒソヒソ声で)大丈夫やて! えぇから、わたいにまかせときなさい。ほれほれ、そのへんに座ってな、ゆっくりと田楽見物しましょいな。(僧侶の手を引き、桟敷の一角に導き、着座)

僧侶 (着座しながら)(内心)うーん・・・こないな事言うてるけど、ほんまにえぇんかいなあ? それにまぁ、他に座る場所もあるやろうに、よりによってエライ場所選んだもんやで、将軍様のモロま正面やんか・・・ほんまに大丈夫かぁ?

不思議な事に、尊氏は、彼らを見とがめるどころか、

足利尊氏 さ、さ、どうぞ、どうぞ、召し上がれ。

尊氏は二人にことさら気を遣い、その場に酒や料理が出されるたびに、しきりに、盃やご馳走の皿を勧めてくれるのである。

僧侶 (内心)いったいぜんたい、どないなってんねんや? もうサッパリ、わけ分からんわぁ。

そして、例の演目が始まったのである。

新座の楽屋から、猿の面をかぶった少年ダンサーが登場、御幣を差し上げ、橋の欄干を一飛び跳んでは拍子を踏み、拍子を踏んでは御幣を打ち振り、軽々と跳躍を繰り返す。満座の聴衆はこれを見て、総立ちになって叫ぶ。

聴衆R わーぉ! おみごと、おみごと!

聴衆S 見て、見て、あれ! まるで、ホンモノの猿みたいやん! ホホホホ・・・。

聴衆T あぁ、オモシレェ、オモシレェ、ワハハハ・・・!

聴衆U チョウおもろい、チョウおもろい、ギャハハハ・・・。

聴衆V アハハハ・・・腹の皮がよじれそう・・・。

聴衆W ワハハハ・・・もう死にそう・・・笑い死にしそうや・・・誰か、うち助けてんか・・・ワハハハ・・・。

おめき叫び笑う声が、1時間ほど続いた。これを見た山伏は、僧侶の耳元でささやいた。

山伏 どいつもこいつも、大口アングリ開いて笑いほうけとるわい・・・大の大人がそろうて、なさけけない光景やなぁ・・・。よぉし、今からこいつらの肝(きも)潰(つぶ)してな、イッパツで興ざめさしたるわい・・・あんた、わたいが何しても、騒ぎなや!

山伏は立ち上がり、やにわに桟敷の柱を持った。

山伏 エーイ! エーイ! エーイ!

その次の瞬間、200余間の桟敷が、一気に倒壊したのであった。

倒壊の瞬間を遠方から目撃した人々の証言によれば、この時、旋風が巻き起こっており、「おそらく、それが、桟敷倒壊の原因となったのであろう」という。

今回の田楽興行は、神の御心に反する事であったと見受けられるフシもある。

なぜならば、桟敷が倒壊して死傷者多数が出たのが6月11日のこと。その翌日は終日終夜、天から車軸を降らすような大雨が降り、鴨川は、盤石をも流すような大洪水となった。

このようにして天は、昨日の事故の死者の遺体と共に、全ての汚物と不浄を洗い流し、来る14日の祇園神幸(ぎおんしんこう)の通路を清めたのであった。(注11)

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(訳者注11)祇園御霊会の神輿巡行。これが発展して、現在の祇園祭りの行事となった。
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天龍八部衆(てんりゅうはちぶしゅう)の悉くが祇園に祭られている神々に助力し、清浄の法雨を地に注いだのである。まことに尊い事象であったといえよう。

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(訳者注12)[寺社勢力の中世 無縁・有縁・移民 伊藤 正敏 著 ちくま新書 734 筑摩書房] 42P に、[四条河原]に関して、以下のようにある。なお、文中に登場する「京都劇場」は、現在既に無く、その跡地には「京劇ビル」が建っているようだ。また、「阪急デパート」も「マルイ」の京都店に変わっている。

 「鴨河原といっても、現在の鴨川河川敷を思い浮かべてはいけない。四条河原町は今日、京都随一の繁華街であるが、その名の通り、この場所は本当に「鴨河原の中」なのだ。現在の日本銀行・京都劇場・阪急デパート、東にある木屋町・先斗(ぽんと)町も鴨河原に含まれる。鴨川の氾濫原はずっと東西に広く、東は大和大路、西は東洞院や高倉あたりまでが、洪水危険地域であった。この大和大路は名前の通り、はるか奈良につながる幹線道路である。」

 「京都一の繁華街という点は今も中世も同じである。芸能についてもこれは言えて、先斗町や京劇があるように、鴨河原は京の、いや日本の芸能の中心であり続けたのだ。この現状を中世に投影させてイメージすべきなのである。中世鴨河原の賑わいは、形を変えて今、河原町通としてわれわれの目の前にある。中世では土倉・酒屋が立つ繁華街であるとともに、老病死の地獄絵巻と隣り合わせであったが。」

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