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2018年5月10日 (木)

太平記 現代語訳 37-7 サーリプッタの話、一角仙人の話、志賀寺の上人の話

太平記 現代語訳 インデックス8 (その中に [主要人物・登場箇所リスト]へのリンクもあり)

この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。

太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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煩悩(ぼんのう)を根本(こんぽん)から断ち切り、迷いの絆(きづな)から離脱する、これを実践できた人は、極めて稀である、仏教興隆の昔においても、末世の今においても。

以下に述べるのは、古代インドでのある話。

修行者・サーリプッタは、仏の境地に至って悟りを開こうと、日夜、六波羅蜜(ろくはらみつ)(注1)の行を修していた。

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(訳者注1)布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧の6種類の行。
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真摯なる修行を積み重ねていった結果、6のうち、既にその5までを成就、残るは、布施波羅蜜だけ、という段階にまで到達した。

その時、隣国から一人のバラモンがやってきて、いわく、

バラモン サーリプッタ殿、私に、あなたの財宝を、少し、ほんの少しだけ、分けてくださらんか。

サーリプッタ あいわかりもうした、しばし待たれい。すぐに、とりそろえてきましょうぞ。(注2)

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(訳者注2)サーリプッタは現在、「残るは、布施波羅蜜だけ」の状態にある。ゆえに、バラモンからのこの要請をこばむと、布施波羅蜜が成就できない、ということになる。
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サーリプッタは、倉の内にある財、身につけている衣を、残らず、バラモンに与えた。

バラモン 財や衣だけではのぉ。

サーリプッタ 他に何か、ご不足のものがおありか?

バラモン さよう・・・身の回りの世話をしてくれる者とか、雨露をしのぐ住居とか・・・。

サーリプッタ おやすいごよう。私のをみな、さしあげましょう。

バラモン おぉ、これはこれは・・・されど。

サーリプッタ さらに欲しいものが?

バラモン 毛じゃよ、毛がほしい、そなたの。

サーリプッタ えぇ?!

バラモン そなたの体中に生えてる毛が、みな欲しいのじゃよ!

サーリプッタ ・・・よろしい。

サーリプッタは、身体から一本残らず毛を抜き、バラモンに施した。

バラモン ついでに、そなたの両眼も。眼をうがち、私にくれい。

サーリプッタ ・・・。

バラモン え? だめかのぉ?

サーリプッタ (内心)これは困った・・・両眼を失うてしもうたら、何も見えなくなってしまうではないか・・・24時間、暗夜に迷うも同然の状態になってしまう・・・なんとする・・・しかし、彼の要求を受けいれないと、六波羅蜜の行は完成せぬ・・・いかんせん(如何せん)?、いかんせん? うーん・・・。

サーリプッタ (内心)いやいや、せっかくここまで修行を貫いてきたのじゃ・・・最後の最後になって、出し惜しみしていたのでは、これまでの修行が空しくなってしまうではないか・・・よし!

サーリプッタは、自らの両眼を抜き、バラモンに与えた。

バラモンは、それを手にとり、しげしげと見つめていわく、

バラモン 抜かれた後の眼というものは、なんときたなきものか・・・かようなもの、何の役にも立ちはせぬなぁ。

バラモンはすぐに、その両眼を地上に投げ捨て、足で踏み潰した。

サーリプッタ (内心)なんたること! 人間の身体の中で、眼ほど大事なものはないのに! さほど役に立ちもせぬ私の眼を乞い取ったあげく、地上に投げ捨てるとは! あぁ、無念! 無念じゃぁ!

サーリプッタは、心中ムラムラと、怒りの念を燃やしてしまった。この瞬間、彼の仏道修行は、ご破算に帰してしまったのである。功徳を積み上げたそれまでの六波羅蜜の修行もいっぺんに破れてしまい、彼は、破戒の修行者になってしまった。(注3)

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(訳者注3)[日本古典文学大系36 太平記三 後藤丹治 岡見正雄 校注 岩波書店] の注によれば、このサーリプッタの話は、大智度論(ナーガールジュナ 著 クマーラジーヴァ 訳)巻12にあるのだそうだ。
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さらにもう一話。

古代インドのヴァーラーナシー(波羅奈国)に、一人の仙人がいた。

排出行為をしているときに、仙人は、鹿のカップルが種の保存に間連する行為をしているのを偶然、目撃してしまい、大脳からのある種の想念の湧出の結果、不随意的に、体内から液体を地上に出してしまった。

その液体がかかった草の葉を、雌鹿が食べて、子供を生んだ。

その子供は、人間の形をしていながら、額に一本の角が生えていた。人々はこれを、「一角仙人」と呼んだ。

一角仙人は、様々な修行を積み、ハイレベルの超能力を持つに至った。

ある日、彼は、谷へ下ろうとして、山道を降りていた。

松のしずくや苔の露が湿り、岩の表面は摩擦ゼロ状態、仙人は、足を滑らせてしまい、地上に倒れてしまった。

一角仙人 エェイ、モウ!(怒)

一角仙人 わしは何ゆえ、ここで、滑って転んだか? 雨が降って湿っていたからじゃ。雨は、いったい誰が降らせたのか? 龍王が降らせたのであーる!

一角仙人 わしが滑ったのは、雨のせい。雨が降るのは龍王が存在するがゆえ。ゆえに、わしが滑ったのは、龍王が存在するがゆえに、となるのであーる。

一角仙人 よって、今回のこの件に関する全ての責任は、龍王にあるのであーる! ゆえに、「龍王をひっとらえて監禁すべし!」との結論に、我々は、必然的に導かれるのであーる!

仙人は、地球上の七つの海洋(注4)を隅から隅まで捜索し、大小全ての龍王を捕え、残らず、岩の中に監禁してしまった。

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(訳者注4)原文では、「内外八海」。
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龍王は降雨現象を司どる存在、それらが皆無の状態となってしまったのである。

その結果、春3月から夏の末に至るまで、世界中が、大旱魃(かんばつ)に襲われるに至った。山田の早苗さながらに、農作物はことごとく、立ち枯れ状態になってしまった。

民衆の嘆きの声をきいた王は、大臣たちを召集した。

王 聞くところによれば、この大旱魃の原因、かの一角仙人にありとか。

大臣A はい、さようにござりまする。かの仙人が世界中の龍王をことごとく、岩の中に押し込めてしもうたがゆえに、かくなる大旱魃となったのでござりまする。

王 なんとか、できんのか。

大臣B 一角仙人の超能力、すさまじきものにて、ござりまするでなぁ・・・。

王 その超能力を失わせ、龍神たちを岩の中より解放するてだて(方策)、何かないものか? 皆のもの、どうじゃ?

大臣C おそれながら、陛下!

王 うん!

大臣C かの仙人をして、龍神衆を監禁するという、かくのごとき行為に至らしめた、その原因を、つらつらと考察してみまするに・・・その因は、怒りの心にて、ござりまする。わたくし、思いまするに、ここに、重大なヒントが存在しておるのではなかろうかと・・・。

王 うん、して、「重大なヒント」とは?

大臣C ははっ・・・たとえ、かの仙人、霞(かすみ)を食らい、空気を飲んで、長生不老の道を得ていたとしても・・・道に滑りて転びしがゆえに、怒りの念にとらわれてしもうた・・・という事は・・・十二因縁(じゅうにいんねん)を観ずる修行の道において、かの仙人、未だに未完の域にありかと。

王 ・・・。

大臣C してみれば、その心、未だに、枯木死灰(こぼくしかい)のごとき状態にはあらず・・・ならば、異性の色香(いろか)に惹かれる愛念の心、いかで無からんや?

王 うーん、なるほど!

大臣C しからば、陛下、三千の宮女の中より、容色ことさらに勝れたるを一人選び、かの仙人の草庵の中へ、送り込んでみてはいかがでしょう? 草の枕を並べ、苔のむしろを共にして夜もすがら、蔦(つた)葛(かずら)生い茂る洞窟の夢中に、契りを結ばしむる・・・ならば、かの仙人の超能力、必ずや、失せてしまうでありましょうぞ。

大臣一同 うーん、これは妙案!

王 よし、やってみるかぁ。

王は直ちに、後宮三千人中より第一の后(その名をセンダという)を選んだ。そして、彼女に500人の美人を添わしめ、一角仙人の草庵中へ、送り込んだ。

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美麗を尽くした御殿を出たセンダは、見るも無惨な、みすぼらしい草庵の中に入っていった。

苔からしたたる滴、袖にかかる露、乾く間もない涙・・・しかし、王の命とあらば、いたしかたない。

センダ このたび、陛下の命により、あなたさまの身の回りのお世話をするために、やってまいりました。センダと申します、以後、どうぞよろしぅに。

一角仙人 ・・・(センダのあまりの美しさに、ボォー)

センダ (10筋の網目であんだ菅の布団を敷きながら)仙人さまのようなご立派な方のお側に侍れるとは、あぁ、なんたるこの身の幸せ。

一角仙人 ・・・。

センダ (菅の布団の上に座して)これから後、千年、いや万年、わらわは決して、仙人様のお側、離れませぬぞえ。

一角仙人 ・・・あ、あ、いや、はぁ、あのぉー・・・、はぁ・・・(ドッキンドッキン(心臓の音))

一角仙人といえども岩や木にはあらず・・・もうセンダに夢中、あっという間に陥落してしまった。自分を陥れんが為に、彼女が送り込まれてきたなどとは、夢にも知らない。

仙人道というものは、なかなかたいへんなものなのである。たとえ毎日、露盤(ろはん)の気を舐めていても、愛欲に一旦染まってしまえば、その超能力は完全に消失してしまう。

センダの出現によって、一角仙人は、「ただの人」になってしまった。もはや、気を集中する事ができず、超能力は失われた。彼の肉体は、仙人のそれから生身の人間のそれへと変化、たちまちにして病衰し、やがて、死んでしまった。

その後、センダは宮殿へ帰還、龍神たちは岩中から解放され、天へ飛び去った。その結果、風雨は再び順調となり、農民たちは春の耕作をすることができるようになった。

実は、この一角仙人こそは、釈尊の前世でのお姿なのである、そして、センダは、かのヤショダラ(注5)として、後生において再び、人間としての生を受けたのであった。

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(訳者注5)出家前の釈尊の妻。
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我が国においても、同様の話がある。

かつて、「志賀寺(滋賀県・大津市)の上人(しょうにん)」という、行法修行にすぐれた聖人がいた。

志賀寺上人 (内心)あぁ、なんとかして速やかに、三界(さんがい)の火宅(注6)から離れ、極楽浄土に行きたいわなぁ。

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(訳者注6)「三界」とは、欲界、色界、無色界。その三つの世界とも、燃える家(火宅)のようなものである、との喩。
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常に、このような思いを抱いていたから、富貴の人を見ても、

志賀寺上人 (内心)財産なぁ・・・夢の中の快楽みたいなもんや・・・ようは、この世におる間だけのもんやんか・・・財産いくらあったかて、あの世まで持っては行けませんわいな、ははは・・・。

美人を見ても、

志賀寺上人 (内心)哀れな事に、世の中の男はみんな、こういう美女に執着するんやわなぁ・・・あぁ、すべては迷い、迷い、迷いの色香やわ。

志賀寺上人 (内心)わが隣人は、雲だけで十分。極楽浄土からお迎えが来るまで、この柴の庵には、しばしの宿りや・・・ははは。

志賀寺上人 (内心)とかなんとかいうて、ここに住みはじめてから、もうかれこれ何年になるやろか・・・あの松、ここに庵立てた時に、自分の手で植えたんやったが・・大きぃなったなぁ・・・あの高い枝が、秋の風受けてるさま、見てみいなぁ。

ある日、上人は草庵を出て、琵琶湖岸へ向かった。手には一本の杖を持ち、眉は霜のごとく白い。

志賀寺上人 (内心)さて、と・・・。

上人は、静かな湖水をみつめ、水想観(すいそうかん:注7)を開始・・・ひたすら心を澄ませ、ただ一人、じっと湖岸に立ち尽くす。

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(訳者注7)「「観経」十六観の一。水想・水観ともいう。浄土の大地を観想する方便として行う観法。まず水の清きを観じ、漸次に想を勧めて、彼土の瑠璃の大地の広大寛平にして高下無く、またその光明の内外に映徹すせる有様を観ずるに至るをいう。」(仏教辞典・大文館書店刊より)
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たまたまそこに、宇多(うだ)天皇の后・京極御息所(きょうごくみやすどころ)・褒子(ほうし)が、通りあわせた。「志賀の花園(詳細不明)・春景色観光ツアー」よりの帰途であった。

じっと湖水をみつめ続ける上人・・・その視野を、褒子を乗せた牛車が横切った瞬間、上人の眼は、「見てはいけないもの」を見てしまった。たまたま牛車の窓を上げ、外を見ていた彼女の眼と、上人の眼とが、合ってしまったのである。

志賀寺上人 (内心)あ!(眼、褒子の眼を凝視)

褒子 ・・・。

志賀寺上人 (内心)・・・なんちゅう・・・きれいな人なんやろ・・・。

牛車は通りすぎていく。

志賀寺上人 (牛車の後をじっと見送りながら)・・・なんちゅう・・・きれいな人なんやろ・・・あの人はいったいどこの誰?・・・あぁ・・・。

志賀寺上人 (内心α)あ、あかん、あかん・・・わしは、なんちゅう、けしからん想いを・・・あかん、わしは、修行中の身やぞ!

志賀寺上人 (内心β)・・・あの人は、いったいどこの誰・・・あぁ、それにしてもきれい・・・きれいな人やなぁ・・・。

志賀寺上人 (内心α)おいおい、おまえ、いったい、なに考えてんねん! 今、水想観やってんのんと、ちゃうんかい! あかんやないか! 修行やで、修行やで!

志賀寺上人 (内心β)もう一回、あの人を見たい・・・見たい!

志賀寺上人 (内心α)こらこら、なに考えとんねん! しっかり修行せんかい! 雑念妄想、払うて、しっかり修行せんかい!

志賀寺上人 (内心β)・・・あぁ、きれいな人やったなぁ・・・もう一回、見てみたいなぁ・・・。

志賀寺上人 (内心α)あ、あ、あかん・・・完全に、心的コントロール、失ぉてもてる・・・制御不能、制御不能、あかん、あかん!

上人は、庵に飛んでかえり、心の平衡を取り戻そうと、本尊・阿弥陀如来の前に座し、一心に仏の観念を深めんとした。

志賀寺上人 (内心α)南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・。

しかしながらその心中には、さっき見た彼女の顔が鮮明に固着してしまっている。

志賀寺上人 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・。

志賀寺上人 (内心β)あぁ、彼女にもう一度、会いたいなぁ・・・なんとか、ならんもんかいなぁ・・・ハァーア。

志賀寺上人 ハァーア・・・(溜息)・・・。

志賀寺上人 (内心α)おいおい、なにやってんねん、念仏や! 念仏! しっかり、念仏せんかいやぁ! 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・。

志賀寺上人 (内心β)ハァーア。

志賀寺上人 ハァーア・・・(溜息)・・・あかん・・・どうしても、思い切れへん。

志賀寺上人 (内心α)夕暮れの山の端の雲、見てたら、心も落ち着くかもしれへん。

志賀寺上人 (茜色に染まる雲を凝視)・・・。

志賀寺上人 (内心β)今ごろ、彼女は、あの西の空の、雲の下のどこかに・・・。

志賀寺上人 (内心α)あかんわ、よけい思いが募る・・・よし、月見ながら、詩でも詠んでみよ。

志賀寺上人 月・・・月・・・月の光は・・・。

志賀寺上人 (内心β)あの月の光は、あの人のもとへも、届いてるんやろぉなぁ。

志賀寺上人 (内心α)あかん、あかん! どうしても、彼女のこと、忘れられへん。

志賀寺上人 あかんなぁ・・・今生のこの妄念、どうしても、わが心から離れてくれへん・・・このままでは、来世の極楽往生の障害になってしまうやんか。

志賀寺上人 聞くところによれば、あの人は、天皇陛下の后やという・・・えぇい、この際、思い切って御所を訪ね、わしのこの思いの一端、彼女に告白して、心安く死ぬとしよう。

というわけで、上人は、狐皮の衣を着、鳩頭の杖をつき、泣く泣く、京都へ向かった。

京都へ着くやいなや、上人は御所へ。京極御息所の御殿へ赴き、蹴鞠(けまり)の庭の垣根の側に、一日一夜立ち尽くした。

上人のこのような姿が、皆の目をひかぬはずがない。

女房D なぁなぁ、あこに突っ立ってはるお坊さん、昨日も来てはったん、ちゃうん?

女房E 来てたもなにも・・・昨日の朝からあこに立ち初めてから、ずぅっとあないして、立ってはんのんえぇ。

女房F えぇっ?! 徹夜で、あこに立ってはるぅん?

女房E そうやがなぁ、徹夜やえぇ。

女房G あれ、きっと、なんぞ修行してはんねんわ。いったい、どこのお寺はんの修行僧なんやろかいなぁ。

女房H そんな、エェもんちゃうてぇ。あのカンジでは、どこぞの乞食やでぇ。

女房たちがうわさしているのを聞いた京極御息所は、遠く御簾の中から、うわさの主の方を見た。

京極御息所 (内心)あぁ! もしかして、あれ、あの時のお坊さん?

京極御息所 (内心)まちがいない・・・こないだ、志賀に花見行った時の帰り道、眼と眼、合わせてしもうたお坊さんや。それが、いったいなんでまた、こないなとこまで?・・・。

京極御息所 (内心)あぁ、そうかぁ・・・うちと、眼ぇあわせてもてからに、あのお坊さん、迷いの道に入ってしまわはったんや・・・きっと、そうに違いないわ。あーあ、うちも、罪な事してしもぉたなぁ。

京極御息所 (内心)あないして迷うたまま、今生(こんじょう)の生を終えてしまわはったら、来世にいっても、あのお坊さん、ものすごい苦しまんならんやん・・・いや、もしかして、その咎は、このトラブルの原因作ってしもうた、うちに来てしまうんかも。

京極御息所 (内心)ちょっとだけでも・・・言葉だけでも、かけたげよぉかいなぁ。ほなら、あのお坊さんも、心慰まはるかもねぇ。

京極御息所 ちょっとぉ。

女房D はい。

京極御息所 あのお坊さまをな、こちらへ、お招きしなさい。

女房D えーっ!

京極御息所 えぇから・・・はよ(早)。

女房D はぁ。

御息所からの言葉を聞いて、上人はもう、ヘナヘナ状態。ワナワナと震えながら、垣根の中に歩み入ってきた。

中門をくぐり、御息所の居る御簾の前にひざまづいた。

志賀寺上人 ・・・。

京極御息所 ・・・。

志賀寺上人 ・・・う、う、ううう(涙)・・・。

京極御息所 (内心)あぁ、やっぱりそうやった。この人はうちに・・・まぁ、なんとお気の毒な・・・なんや、恐ろしい気分やなぁ・・・。

御息所は、雪のような手を、御簾の中から少し外へ出した。

志賀寺上人 ああ!(御息所の手に取りつく)。

京極御息所 (ビクッ!)・・・。

志賀寺上人 初春(はつはる)の 初ね(子)の今日の 玉箒(たまははき) 手に取(とる)からに ゆらぐ玉の緒(たまのお)(原文のまま)(注8)

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(訳者注8)(万葉集 巻20 大伴家持作)正月の初めての子の日に、天皇から賜った玉箒を手に持つと、その箒の飾りの玉の緒が揺れてすがすがしい。

御息所の手を玉箒にたとえ、彼女を褒めたたえると共に、感謝の意を込めたのであろう。
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即座に、御息所は返歌を返した。

京極御息所 極楽(ごくらく)の 玉(たま)の臺(うてな)の 蓮葉(はちすば)に 我(われ)をいざな(誘)へ ゆらぐ玉の緒(原文のまま)(注9)

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(訳者注9)この歌に対しての訳者の解釈は、以下の通りである。

御息所は、「上人は今、愛欲の道にとらわれてしまっているから、このままでは、来世に極楽に行く事は不可能であろう」と考えた。それゆえ、上人に対して、「自分以外の人々をも極楽に至らしめる」という僧侶の使命を再度、思い起こさせる為に、この歌を返した。すなわち、

 [御息所に対して向けられた、上人の念](一人の男性が、一人の女性を求める念、愛欲)

に対して、

 [極楽の蓮葉] という、仏教世界の言葉を対置させ、

上記の両者が、アウフヘーベンされることにより、

 [宗教的救済の願い](一人の宗教家が、他の一切の人々に対してさし向ける、救済の願い)

を、上人の心中に生じさせようとした

と、訳者は解釈した。

[日本古典文学大系36 太平記三 後藤丹治 岡見正雄 校注 岩波書店]の注には、以下のようにあるので、この「返歌」も、太平記作者の創作なのかも。

 「極楽浄土の蓮台の上に、上人さまどうか私を導いて下さい(この歌は太平記以前の他の書には見えぬ)」
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このようにして、京極御息所は、志賀寺上人の心を慰めたのであった。

以上の逸話に見るがごとく、かくも道心堅固(どうしんけんご)なる聖人、久修練行の尊宿(くしゅうれんぎょうのそんしゅく:注10)でさえも、貫徹しがたいのが、発心修行(ほっしんしゅぎょう)の道。

なのに、名家に生れ、富にも恵まれた若き身空(みそら)でありながら、人間社会の浮世の絆(きづな)を離れ、終生隠遁(しゅうせいいんとん)をついになしとげた、斯波氏頼(しばうじより:注11)の心の様は、まことに立派なものであるといえよう。

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(訳者注10)久しく(長期間)、仏道を修した尊い僧侶。

(訳者注11)37-6 に登場。この章(37-7)は、37-6 を補足するような内容になっている。
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