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2018年5月10日 (木)

太平記 現代語訳 37-8 足利基氏、畠山討伐軍を伊豆へ派兵す(付 楊貴妃と楊国忠の話)

太平記 現代語訳 インデックス8 (その中に [主要人物・登場箇所リスト]へのリンクもあり)

この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。

太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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「畠山国清(はたけやまくにきよ)、畠山義深(よしふか)、畠山義熈(よしひろ)3兄弟、500余騎を率いて伊豆国(いずこく:静岡県東部)に逃亡、三津(みづ:静岡県・伊豆の国市)、金山(かなやま:伊豆の国市)、修善寺(しゅぜんじ:伊豆市)3箇所に城を構え、たてこもる!」との情報(注1)に、足利幕府・鎌倉府長官・足利基氏(あしかがもとうじ)は、さっそく、討伐軍を現地に派遣した。

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(訳者注1)この、畠山兄弟の行動については、36-7 を参照。
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まずは、一番手の平一揆(へいいっき)武士団300余騎が、伊豆国府(いずこくふ:静岡県・三島市)に到着。

彼らは、近辺の荘園に兵糧(ひょうろう)の供出を強制し、荘民たちを人夫仕事に駆り出し始めた。

その結果、葛山備中守(かつらやまびっちゅうのかみ)と平一揆武士団との間に、所領に関する紛争が勃発、双方まさに、一触即発の緊迫状態となった。

これを聞いた畠山家臣の遊佐(ゆさ)、神保(じんぼ)、杉原(すぎはら)は、「討伐軍をやっつける絶好のチャンス!」と、3月27日夜半、500余騎を3手に分け、伊豆国府へ先制攻撃を仕掛けた。

葛山軍メンバー一同 大変だぁ! 平一揆の連中らめ、畠山と野合して、夜襲しかけてきやがったぁ!

平一揆武士団メンバー一同 やられたぜ! 葛山め、畠山と組んで、おれたちを討ち取とろうってんだな!

このように、互いに反目しあいながらの事であるからして、矢の一本満足に放つ事もなく、畠山討伐軍30,000騎は、何ら成果を得ないまま、鎌倉へ引き上げていった。

足利基氏 まったくもう! なにやってんだぁ! 

鎌倉府・主要メンバー一同 ・・・。

足利基氏 鎌倉中で、ものわらいのネタにされちゃってるじゃないか! 女子供にまで、笑われてんだぞ!

鎌倉府・主要メンバー一同 (じっとうつむく)・・・。

足利基氏 えぇい、今度こそは!

基氏は新たに討伐軍を編成し、新田氏に属する田中(たなか)を大将に任命、その指揮の下、武蔵(むさし)、相模(さがみ)、伊豆(いず)、駿河(するが)、上野(こうづけ)、下野(しもつけ)、上総(かずさ)、下総(しもうさ)8か国の軍勢20万余騎を、再び、畠山討伐に向かわせた。

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畠山国清は、この10余年間というもの、基氏を妹婿に迎え、その栄耀、門戸から溢れんばかりの勢いであった。

さらに、関東執事(かんとうしつじ)の職にあり、鎌倉府の最高実力者の地位にあったから、関東8か国の武士たちはことごとく、「畠山様の為だったら、我が命だって差し出しますぜぃ!」と、彼に慕い寄ってきた。

それを国清は、「みんなが寄ってくるのは、この自分に人徳あるがゆえ」と、思い込んでいたから、

畠山国清 とにかく、旗揚げさえすりゃぁ、いいのさ・・・後はもう、自然の流れに、まかせときゃぁいいんだよぉ。まぁ、見てろってぇ、4、5,000騎くらい、あっという間に集まってくらぁな、グワッハッハッハァ・・・。

ところが、彼の思惑に全く反して、他家の者は一人として、馳せ参じてはこない。

あげくの果てに、「自軍の一角を守る大将に」と信頼していた狩野介(かののすけ)までもが、鎌倉府側に降参してしまった。

その他の譜代の家人たちや、厚い恩をかけてきた郎従たちも、日に日に、国清のもとから離れていってしまい、その兵力は、もはや、鎌倉府に対して到底対抗しようのないようなレベルにまで、激減してしまった。

畠山国清 なんだってぇ! またまた討伐軍来る? で、兵力は?

畠山軍メンバーA どう見ても、20万は下らぬかと。

畠山国清 ヤバイ!

畠山軍は、3つのうち2つの城に火を放ち、全軍、残る修善寺城へたてこもった。

あぁ、なんたることか・・・昨日までは、大海のごとき巨体をもって大空を飛翔していた大鵬(たいほう:注2)・国清、今日になってみれば、その姿、轍(わだち)にたまった水たまりの中に、三升の水を求めて横わる魚に、他ならず。

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(訳者注2)鳳(おおとり)、鳳凰(ほうおう)の別名。
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畠山国清 あーあ・・・こんな事になっちまうって、前もって、わかってりゃぁなぁ・・・あの時、新田義興(にったよしおき)を、あんなにまでして、殺すんじゃぁなかったよなぁ・・・あーあ。(注3)

「悪事の報いは、速やかに我が身の上にふりかかってくる」という、しごく当たり前の事を、今の今まで認識できていなかったとは、いやはや、まったくもって、愚かなものである。

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(訳者注3)畠山国清のこの後悔は、二通りに解釈できると思う。

 解釈1:上記の太平記作者の批評のごとく、「こうなったのも、新田義興殺害の報い(あるいは、義興のたたり)であろうか。彼を殺害させなければよかったなぁ」という内容の後悔。

 解釈2:「新田義興が今、存命していたならば、彼と連合を組んで、足利基氏に対抗することができたのに」という内容の後悔。

いずれにしても、彼がこのような後悔をしたというのが、史実なのか、あるいは、フィクション(太平記作者の)なのか、全く不明である。
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昨年、畠山国清は、関東中から兵を集めて上洛し、吉野朝廷に対する一大攻撃を行った(注4)。

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(訳者注4)34-2 参照。
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しかし、今になって、その時の彼の思惑をよくよく考察してみるならば、まさにあの、中国唐王朝の時代、楊国忠(ようこくちゅう)、あるいは安禄山(あんろくざん)が、皇帝の威を利用して最高権力の座を奪おうとしたあの謀略に、極めて似通っている点が、多々見受けられる。

中国・唐王朝の時代、かの玄宗(げんそう)が帝位についた頃、国の内外は共に泰平であった。ゆえに、玄宗は、楽しみに溺れ、驕りにふけって、慎みを忘れてしまった。

そうこうしているうちに、「例の心」がムクムクと、頭をもたげてきた。

玄宗 よぉし、いっちょ、後宮めぐりでもしてみるか。

玄宗は、皇帝乗用車に乗り、左右の世話係に手を引かれ、広大なる宮殿中の後宮36か所を、余す所なく廻った。

夜空を覆い尽くす星々のごとき、数多(あまた)の后たちのことごとくを見てまわった後、

世話係B 陛下、いかがでござりました?

世話係C 一番、おきに召されたのは、どなた様で?

玄宗 いやぁ、さすがじゃ・・・(ハァー:溜息)だれもかも美しい・・・じゃがのぉ、最高といえば・・・やっぱし、あの二人であるかのぉ。

世話係B えっ、「あの二人」?

世話係C いったいぜんたい、どなたと、どなたでござりますか?

玄宗 えぇっとぉ、名前は何じゃったかなぁ・・・なにせ、数が多いでのぉ、忘れてしもうた・・・(メモ帳を見ながら)あ、そうそう、玄献皇后(げんけんこうごう)に、武淑妃(ぶしゅくひ)・・・いやぁ・・・あの二人が最高じゃのぉ。

世話係B なるほど。

玄宗は、この二人を限り無く寵愛した。

玄宗 まさに、二人は、春の花と秋の月、優劣つけがたいわ。

しかしながら、肉体を持つ存在は必ず衰え、輝いている人の光もいつかは消えるのが、世のならい、この二人の妃、それからいくばくもなく、共に帰らぬ人となってしまった。

玄宗 ・・・あぁ・・・あぁ・・・(涙)。

玄宗は、嘆きにうちひしがれてしまい、健康状態も怪しくなってきた。

大臣C 陛下のあのお姿を見られい・・・あのままでは、万が一ということも・・・。

大臣D いかんのぉ、このままでは。

大臣E 「絶望、そは、死に至る病なり」か・・・。

大臣C そんな、のんきな事を言うておる場合か! なんとかせねばぁ、なんとかぁ!

大臣D なにか、よい知恵はござらぬか?!

大臣F 新しいお后を探す、これしか、ないでしょう。

大臣C ふーん。

大臣E なるほど、亡くなられたお二人をも、さらにしのぐような、美しき女人を探し出し、その人を、陛下の新しき妃とするのですな?

大臣F さようでござる。さすれば、陛下の「死に至る病」など、たった1日で、全快でござりまするわい!

大臣一同 よぉし! 草の根分けても・・・。

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弘農(こうのう)の地に、楊玄琰(ようげんえん)という人がいた。

彼の娘は、まさに絶世の美人であった。

ある日、楊玄琰の妻は、楊(やなぎ)の木陰で昼寝、その時、枝から垂れ落ちた露が体にかかり、それでもって、彼女は懐妊、そのようにして生まれたのが、その娘である、という。だとすれば、その娘は、人間の類(たぐい)ではない、天人が化身して、この世界に来ったものであろうと思われる。

まさに、天が生み落としたる究極の美顔、眉ずみ、白粉、口紅などといったメイクなど一切施さずとも、この上なく人を魅了して止まぬその容貌。漢の武帝(ぶてい)の后・李夫人(りふじん)の肖像画を描いた画家でさえも、この女人を前にしては、ついに、自らの筆の及ばざる事を嘆く事であろう。

巫山(ふざん)の神女を賞賛する詩を詠んだ、かの宋玉(そうぎょく)でさえも、いざ、彼女の事を讃するとなれば、その美しさをいったいどのように表現すればよいのか、全く途方に暮れてしまい、自らの文才の至らなさを、恥じずにはおれぬであろう。

その声を聞いただけでも、男は皆、のぼせあがってしまうのだ、ましてや、彼女の顔を見てしまった人の心中たるや、もはや何をかいわんや、である。

このような、すばらしい美貌の女人であったがゆえに、時の王侯、貴人、公卿、大夫らはこぞって、媒酌(ばいしゃく)を求め、礼を厚くして、彼女を妻に迎えんと、競いあった。

しかし、彼女の父母は、頑として、彼らからの申し入れを謝絶し続けてきた。

秘して深窓(しんそう)の中(うち)に、かしづかる・・・暁の露を含みし若く美しき桃の花一輪、垣の上に顔を覗かせ、霞の中に香しく匂う・・・。

ある人の仲立ちにより、ついに彼女は、玄宗皇帝の兄・寧王(ねいおう)のもとへ、輿入れすることになった。

ところが、これを聞きつけた玄宗は、自らの権勢を行使して無法な事を行った。

彼は、高(こう)将軍を遣わして、嫁入の道中において彼女を誘拐、自らの後宮へ入れてしまったのである。

玄宗の歓喜、寧王の悲哀・・・同じ枝の、一方に花は開き、一方は折れてしぼむ・・・されば、ある詩人、これを表現していわく、「月、前殿に来ること早く、春、後宮に入ること遅し」と。(注5)

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(訳者注5)「前殿」で、玄宗を、「後宮」で、寧王を表現している。
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ありふれた寒梅の花であっても、それを折って花瓶にいけたならば、その芳香は、人々を一段と感動せしむるものである。うらさびれた民家の庭に生えている、ぱっとしない柳でさえも、王宮の庭に移植すれば、見違えるように立派になり、長い緑の枝を春風にそよがせるようになるものである。

ましてや、この女人、ただでさえ優れた容色の上に、後宮に入った後は、金色、翡翠(ひすい)色の羽毛の首飾り、身体からは薫香(くんこう)を周囲に発し・・・まさに、帝釈天宮(たいしゃくてんきゅう)・歓喜苑(かんきえん)の花の陰、化粧をしたる舎脂夫人(しゃしふじん:注6)、春風の中にたたずむがごとし。

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(訳者注6)帝釈天の后。
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彼女を一目見るなり、玄宗は、もう完全にメロメロ状態・・・「袖(そで)の中の珊瑚(さんご)の玉よ、掌(たなごころ)の上の芙蓉(ふよう)の花よ」と、愛欲の迷路の奥へ奥へ・・・もはや、ほんの一時たりとも、彼女の側を離れようとはしない。昼は終日、一車に載って、宮庭の花に酔いを進め、夜は徹夜で席を同じくして、西宮(せいきゅう)の月に宴をなす。

玄宗は、もはや、完全にイカレきってしまった。

玄宗 (内心)美人はみな、化粧をし、きれいな服を着ている。しかし、あぁいったものは、真の美ではない、人間の目を、欺くものである。

玄宗 (内心)わしは、女性の真の美というものを、この目でしかと、鑑賞してみたい。何物にも覆われぬ、楊貴妃の膚(はだえ)を見たいものよ・・・。

というわけで、驪山宮(りさんきゅう)の温泉に瑠璃(るり)の砂を敷かせ、玉のごとき石畳を磨かせ、その中に、衣を脱いだ楊貴妃の姿を鑑賞した。

白く妙なる膚(はだえ)に、蘭の香をただよわせた湯を引くその姿、

玄宗 (内心)おぉ、まさに、かの詩のような・・・

 藍田山(らんでんざん)に 暖い陽光 今ふりそそぐ
 ついに来った 春を喜び
 玉はむせんで 涙を流す
 庾嶺の雪も ようやく融けて
 梅の花 芳香を周囲に放つ

(原文)
 藍田日暖玉低涙
 庾嶺雪融梅吐香

ついに、楊貴妃は、牛車に乗ったままで宮中に出入りする事を、許されるようになり、その輝かしき栄光は、彼女の親族中に満ち満ちた。衣服は、皇帝の叔母に等しいレベルのものとなり、彼女の富貴は著しく増強、もはや、天子王侯をも、しのぐようになった。

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ここに、一人の男が、歴史の表舞台に登場する。その名は楊国忠(ようこくちゅう)、楊貴妃(ようきひ)の兄である。(注7)

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(訳者注7)ここ以降、太平記に記述されている内容と、中国の歴史書に書かれている内容との間には、大きな隔たりがあるのだそうだ。
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もとはといえば、身分低い家の生れの野人育ち、才も無く芸も無く、文の道に通じているわけでもなし、武の道を極めたというわけでもなし、なのに、楊貴妃の兄であるという、ただそれだけのことで、あっという間に、大臣に任命されてしまった。

唐(とう)王朝の旧臣・安禄山(あんろくざん)は、爵位(しゃくい)、俸禄(ほうろく)共に、楊国忠に越えられてしまい、不満タラタラである。しかし、玄宗皇帝の意向とあらば、どうにもしようがない。

このような中に、国際情勢が、一大変化を見せはじめた。

吐蕃(とばん:注8)α国・国王 中国は今、ハチャメチャ状態に、なっているようですね。

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(訳者注8)チベット地方に居住していた人々のことを、漢民族は、このように呼称していた。
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吐蕃β国・国王 同感です。あの国は、もはや、メタメタです。

吐蕃γ国・国王 そうですよ。君主は愛欲に溺れ、政治を乱しておりますし、才能も何もない人間が、高い位に上り、国の疲弊を一切顧みないでは、ありませんか!

吐蕃Δ国・国王 あのような国家に対して、もはや、服従する必要は全くありません!

吐蕃諸国・国王一同 同感です!

かくして、吐蕃諸国は一斉に、唐に対して反旗を翻し始めた。

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唐王朝・大臣C さてさて、困ったものよのぉ。

唐王朝・大臣D まったくもって・・・ハァー(溜息)・・わが国もよくよく、みくびられたものじゃて。

唐王朝・大臣E とにもかくにも、速やかに反乱の火の手を、消してしまわねばなりませぬ。討伐軍を派遣せねば、なりませぬぞ。

唐王朝・大臣C その通りじゃ。で、問題は、誰を、その大将に任命するか、じゃなぁ。

楊国忠 (内心)イヨッ、チャンス到来! ここでうまく立ち回りゃぁ、朝廷の武威を、我が物にしてしまうことができるぜぃ・・・よぉし!

楊国忠 アァチキが、行きやしょう!

唐王朝・大臣C エッ?!

唐王朝・大臣一同 ・・・。

楊国忠 吐蕃討伐軍・大将の印璽(いんじ)、アチキに下せぇな。そしたら、そく、現地へ急行、イッパツで、吐蕃のヤツらぁ、たたきのめしてやりまさぁ。

唐王朝・大臣一同 ・・・。

楊国忠 とにかく、この仕事、アァチキに、まかしとくんなせぇ!

唐王朝・大臣一同 ・・・。

というわけで、楊国忠は、全軍の総大将に任命された。彼はただちに、50万騎の大軍を率いて出陣、大荒峰に陣を取った。

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全軍メンバーの心中に、運命共同体的・心情を醸成していく事、それが、大将の重要な役目である。

ゆえに、士卒が未だ食せざる間は、大将もまた食せず、士卒が野宿を余儀なくされる時には、大将もまた自らの陣屋にあえて蓋を張らない。わずか一豆の飯を得ても、これを士卒と共に食し、一樽の酒を注ぐ時にも、士卒と共にこれを飲む、というように、していくのである。

しかるに、楊国忠は、といえば・・・朝っぱらから飲酒にふけって、兵の飢えるを知らず、暮れたら暮れたで美女に纏(まと)われ、部下の訴えに聞く耳持たず。長時間、楽しみにふけり、軍事は、全て忘れ、一切顧みようとはしない。

このような状態であるから、兵は疲れ、将の気はゆるみ、もはや、進んで戦おうという者は、誰もいなくなってしまった。

これを見透かした吐蕃側は、20万騎の大軍をもって、逆に攻勢に転じてきた。

総大将・楊国忠は、元来臆病な人間、士卒の心も、もはやバラバラ、唐軍50万は、一戦もせずに我先にと川を渡り、5日間行程の距離にも及ぶ敗走を続けた。

かくして、大荒峰の周辺7,000余里のエリアが、吐蕃側の制圧する所となった。

吐蕃軍のそれ以上の追撃は無かったにもかかわらず、楊国忠は、退却地点に踏みとどまることができず、首都めざして、更に敗走を続けた。

楊国忠 (内心)あんな大口たたいて大将に任命されたのに、遠征のかいもなく、ただの一戦もしねぇで帰ってきたとなると、こりゃぁ、非常にヤバイぞい。皇帝のおぼしめしだって、ガタッと、悪くなるかもしれねぇ。

そこで、彼は、自軍中の、馬にも乗らず鎧も着てない疲れきった兵1万人の首を刎ね、それを剣の先に突き刺し、「これは、吐蕃軍兵士の首1万個である!」と称し、首都へ「凱旋」した。

罪無くして首を刎ねられた兵士たちの、親子兄弟幾千万人の、悲しみをこらえ、声を呑み込みながら慟哭(どうこく)する姿が、家々に見られた。

しかしながら、楊国忠に漏れ聞こえる事を怖れ、誰も、その非道を朝廷に上申する者もなかったので、あわれ唐軍の兵1万人は、「これぞ、敵の首なり」として獄門に懸けられ、大荒峰の周辺1000里が、「うち平らげたる所」と称して、楊国忠に与えられた。

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上、乱れて、下、背(そむか)ず、などというような事は、ありえない。

誰もかもが、「なんとかして、楊国忠を滅してしまおう」と、考え始めた。

当時、安禄山は、吐蕃の侵入を防ぐべく、大荒峰付近に駐留していたが、

安禄山 (内心)よぉし、機は熟したり!

彼は、諸々の有力者たちと密約を取り交わし、士卒に対して礼を深くして宣言、

安禄山 わしはこのたび、皇帝陛下から、「楊国忠を討つべし」との御命令をいただいた! 我こそ、と思わん者、我が旗下に参集せよ!

大荒峰において罪無くして首を打たれたあの1万人の兵士たちの親類兄弟は、安禄山のそのメッセージを聞いて、大いに喜び、我先にと、彼の軍門へ集まってきた。その他の人々も続々参集、ついに、安禄山は70万もの兵力を持つに至った。

彼はただちに、崔乾祐(さいけんゆう)を右将軍に、子思明(ししめい)を左将軍に任命し、首都への進軍を開始。

道中、民屋を犯さず、城郭を攻めなかったので、安禄山が皇帝に叛旗を翻して首都・長安へ攻め上る途上とは、誰も、夢にも思わない。人々は、飯を竹器に盛り、飲み物を壷に入れ、安禄山軍メンバーたちを、大歓迎した。

首都まであと70里、という所にある潼関山(とうかんざん)に登り、ここで初めて、安禄山軍は、朝廷軍の旗を下ろし、全員一斉に、トキの声を上げた。

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その時、玄宗皇帝は、驪山宮への行幸を計画、あれやこれやと考えにふけっていた。

玄宗皇帝 (内心)驪山宮のあの広間の中で、楊貴妃に、わしが作った霓裳羽衣(げいしょううい)の舞曲を、舞わせてみようかな・・・かの、「大梵天王(だいぼんてんのう)宮殿における高台(こうだい)の楽」といえども、これには勝るまい、ムフフフ・・・。

大臣C 陛下、陛下、一大事で、ござりまする!

玄宗皇帝 (驚愕)なんじゃ、いきなり! びっくりするではないか。

大臣D 潼関山に、馬の土煙おびただしく、漁陽(ぎょよう)よりの急を告ぐる太鼓の音、雷(いかづち)のごとく、連打しておりまする。

玄宗皇帝 なにっ!

大臣E 首都の直近エリアにおいて、何やら、重大な異変が!

急使G (ドドド・・・タ! 宮殿に走り入り、皇帝の前に平伏)申し上げます! 反乱軍が、首都に迫っておりまする!

玄宗皇帝 なにーっ!

大臣E して、その数は、いかほど?

急使G 詳細、不明!

大臣C なんとしたこと・・・。

急使H (ドドド・・・タ! 宮殿に走り入り、皇帝の前に平伏)申し上げます! 反乱軍、大兵力をもって、首都に接近!

大臣E その数は?

急使H およそ、100万!

玄宗皇帝 ・・・(青ざめる)

急使I (ドドド・・・タ! 宮殿に走り入り、皇帝の前に平伏)申し上げます! 安禄山ならびに崔乾祐、子思明率いる反乱軍、首都に迫る、その数およそ100万!

大臣一同 安禄山がぁ?!(呆然)

玄宗皇帝 とにかく、とにかく、誰か、様子を見て参れ、今すぐ!

というわけで、哥舒翰(かじょかん)に30万騎を与え、咸陽(かんよう)の南へ向かわせた。

潼関山上に陣取っていた安禄山は、哥舒翰の軍が山麓にさしかかった頃合いを見計らい、上からイッキに逆落としに攻めかかった。哥舒翰軍は大敗北を喫し、10万余が、河水に溺れて死んでしまった。

残り少ない敗残の兵を集めた哥舒翰は、なおもさらに一日、首都・長安(ちょうあん)を守り続けながら、皇帝の宮殿に使者を送り、「何度戦ってみたところで、もはや、勝利を得難い状況でありまする。かくなる上は、陛下におかれましては急ぎ、首都を脱出され、蜀山(しょくさん:注9)へ落ちのびられませ」と、上申した。

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(訳者注9)蜀地方の山中。「蜀」とは四川省、あの、三国時代、劉備が自らの拠点とした地方である。
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霓裳羽衣の舞の中に、この上なく甘美なる時を過ごしていた玄宗皇帝と楊貴妃であったが、舞がまだ終わらぬうちに、二人、車に同乗し、首都から脱出せざるをえない。

楊国忠をはじめ、諸王千官らもことごとく、徒歩にて泣く泣く、皇帝親衛隊の大軍の後に続き、首都・長安を後にした。

哥舒翰は、首都防衛戦についに敗北、鳳翔県(ほうしょうけん)へ落ちのびた。

安禄山軍は、そのまま、玄宗皇帝を追跡、その旗は50町ほどにも連なった。

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馬嵬(ばかい)の堤にさしかかった時、つき従ってきた皇帝軍6万余は突然、玄宗の前を遮(さえぎ)り、その前進を阻止した。

玄宗皇帝 これはいったい、なんとしたこと・・・なぜ止まる? なにゆえ、先へ進まぬ?!

近侍J 兵らが、御車(みくるま)の前に立ちふさがり、前進を妨げておりまする。

玄宗皇帝 きゃつら、いったいなにを考えておる! これ、車の天蓋を開(あ)けぃ!

近侍J ハハ!(天蓋を開く)

玄宗皇帝 なんじら、わが車の前を塞ぐとは、ふとどきな! いったい、いかなる所存あっての事じゃ!?

兵士たち一同 (武器を地上に置き、ひざまづく)・・・。

兵士K 此度(こたび)のこの乱、にわかに起こり、陛下が宮殿をお出にならねばならなくなった、その原因は、何もかも、かの男、楊国忠のせいにて、ござりまする!

兵士L さようにて、ござりまする。楊国忠めが、驕りを極め、罪なき人々の首を切ったからにて、ござりまする。

兵士M 陛下、直ちに、あやつの身柄を、我らにお引き渡し下さいませ。

兵士N あやつのそっ首、直ちに刎ねて、天下の人心を、安んじせしめましょうぞ!

兵士O この願い、お聞き届けになられぬ限り、我ら、たとえ、安禄山の矛先に死するとも、陛下の御車を、断固、通すわけにはいきませぬ!

玄宗皇帝 なんじゃとぉ! 楊国忠を?!

兵士K さよう! 天下の極悪人を、成敗いたすのでござる!

兵士L さぁさぁ、楊国忠をヤッてしまえぃ!

兵士一同 ヤッてしまえーーぃ!

玄宗皇帝 (内心)ウーン・・・反乱軍が迫りくる・・・早く、逃げねば・・・ウーン・・・楊国忠・・・ウーン・・・死なすのは、まことに惜しい・・・じゃが・・・えぇい、やむをえん!

玄宗皇帝 ・・・楊・・・国忠を・・・。

楊国忠 ・・・。

楊貴妃 ・・・。

兵士一同 ・・・。

玄宗皇帝 ・・・し・・・し・・・。

楊国忠 陛下! 陛下!

楊貴妃 陛下! 陛下!

玄宗皇帝 死罪に処すべぇし!

兵士一同 ウォーッ(大喜)

楊貴妃 キャァーーーー!

彼らは、楊国忠に襲い掛かり、馬から引き落とすやいなや、その首を刎ね、矛の先に差し貫いた。

兵士一同 やった、やったぁ、ウワハハハ・・・。

兵士一同の両手 パチパチパチパチ・・・(拍手の音)。

楊貴妃 兄上、兄上、ウッ、ウッ、ウッ、ウワーーン!(涙)

兄の死を目の当たりに見る楊貴妃の心中、その悲しみは、いかばかりか・・・。

楊国忠を殺してもなお、兵士らはあきたらぬようであり、依然として、道を開けない。

玄宗皇帝 これでもまだ、おさまらぬのか・・・そちらの願いは、いったいなんじゃ? 早く道を開けい!

兵士K 后妃(こうき)の徳、違(たが)わば、国家の安定は期しがたし、これぞまさしく、わが中国の歴史の教訓。

兵士L さよう、さよう。褒姒(ほうじ)は周(しゅう)の世を乱し、西施(せいし)は呉(ご)の国を傾けた、これは誰しもが心得ておりまする事、よもや、陛下がご存じでないはずが、ありましょうや?

玄宗皇帝 ・・・(顔面蒼白)

楊貴妃 ・・・(顔面蒼白)

兵士M 速やかに、楊貴妃に死を賜らんことを!

兵士一同 楊貴妃に死を!

兵士一同 (槍や矛の柄元を、全員一斉に同期して、地面に叩き付ける)

槍や矛 ドーン!

兵士一同 楊貴妃に死を!

兵士一同 (槍や矛の柄元を、全員一斉に同期して、地面に叩き付ける)

槍や矛 ドーン!

兵士一同 楊貴妃に死を!

兵士一同 (槍や矛の柄元を、全員一斉に同期して、地面に叩き付ける)

槍や矛 ドーン! ドーン! ドーン! ドーン! ドーン!

兵士N さもなくば、我ら、陛下への忠言の為に、我が胸を裂き、蒼天(そうてん)に血をそそぐべしぃー!

兵士一同 楊貴妃に死を!

兵士一同 (槍や矛の柄元を、全員一斉に同期して、地面に叩き付ける)

槍や矛 ドーン!

兵士一同 楊貴妃に死を!

兵士一同 (槍や矛の柄元を、全員一斉に同期して、地面に叩き付ける)

槍や矛 ドーン!

兵士一同 楊貴妃に死を!

兵士一同 (槍や矛の柄元を、全員一斉に同期して、地面に叩き付ける)

槍や矛 ドーン! ドーン! ドーン! ドーン! ドーン!

玄宗皇帝 (天を仰ぐ)(内心)あぁ、どうする事もできぬわ・・・。

もはや、言葉も出ない・・・胸もふさがり、あまりの絶望に気を失い、玄宗は車の中に倒れ伏した。

楊貴妃 陛下! 陛下! 陛下!

花は、たとえ春霞の中に身を隠そうとも、荒い風に否応無しに吹き散らされてしまうものである。なのに、楊貴妃は、何とかして、迫り来る破滅の運命から逃れようと、玄宗の衣の下に身を側めて隠れた。

我に帰った玄宗は、満面に悲しみをたたえ、兵士らに向かっていわく、

玄宗皇帝 妃の命をどうしても奪いたい、というのであれば、まず、このわしを、殺してからにせい! わしを殺してから、妃の命を奪うがよい!(涙、涙)

これを見て、あれほど怒り猛っていた兵士たちは、全員、矛を捨て、地上にひれ伏した。

ところが、この群中に、血も涙も無い一人の兵士がいた。

兵士P こんな事やってては、ダメダメダメ、やるべきことは、さっさと、やってしまうべぇし。

彼は、玄宗のもとへつかつかと歩み寄り、彼にしがみついている楊貴妃の手をつかんだ。

楊貴妃 アッ!

兵士P こっちへ来い!

玄宗皇帝 なにをする! その手を放せぃ!

楊貴妃 陛下、陛下ぁー!(涙)

兵士P 車から降りろぃ!(楊貴妃を、車前方の轅(ながえ)の下に引き落とす)

彼は、楊貴妃を、馬の蹄にかけて殺害した。

玉のかんざしは地上に乱れ、あまりの事に、誰しも、そこに立ちつくすばかり、雪のように白い膚は泥にまみれ、その現場を目撃した人は、涙で袖を濡らすしかない。

玄宗はグッタリ、もはや、顔を上げていることもできない・・・車の中にただただ、伏し沈むのみである。

楊貴妃の、今わの際を目の当たりにしてしまっただけに、彼女への思いは、永遠につきる事のない苦しみとなってしまった。

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ようやく、兵士らは前進を始めた。

後陣の者たちが防ぎ矢を放ちながら、前陣の車を進め、程なく、玄宗は、蜀(しょく)へたどり着いた。

すぐさま、玄宗のもとへ、ウイグル族の兵10万が、馳せ参じてきた。

厳武(げんぶ)、哥舒翰(かじょかん)もまた、国中から兵を集め、50万の軍を編成し、蜀の臨時帝宮にやってきた。

一方、安禄山(あんろくざん)側は、勢力が激減してしまった。

当初、「楊国忠(ようこくちゅう)を討つための挙兵」と聞いて、我も我もと集まってきたのであったが、結局のところ、安禄山は天下を奪おうとの野心を持っていただけのこと、と気付き、大多数メンバーが、彼のもとを去ってしまったのである。まさに、安禄山の栄華、ただ春一時の夢に過ぎず、という状態である。

このように、首都・長安(ちょうあん)を占拠している反乱軍側は、日々にその兵力を減じ、蜀の皇帝軍側は、中国全土から続々兵が参集してきて、その兵力は増すばかり。

しかし、玄宗は、明けても暮れてもただただ、楊貴妃への追想に、思い沈むのみ、政治・軍事全般に対して、全く心を向けようともしない。

玄宗 (内心)あぁ、さっさと死んでしまいたいものよのぉ・・・死して後、もう一度この世に生れ、また彼女と一緒になる、わしの願いは、ただそれだけ・・・これ以上生きていて、いったいなんになる・・・。

厳武、哥舒翰、ウイグル族リーダーらは、「このままでは、どうしようもない」と思い、鳳翔県(ほうしょうけん)に潜伏していた玄宗の第2皇子・粛宗(しゅくそう)を、君主に仰ぐことにした。

彼らは、中国全土に新皇帝即位の宣旨(せんじ)を発し、諸国から兵を集め、80万を首都・長安へ送った。

これを聞いて安禄山も、崔乾祐(さいけんゆう)と子思明(ししめい)を大将とし、80万の軍勢を長安へ向かわせた。

双方互いに戦いを挑みながらも、未だ戦端を開かざる時、唐(とう)王朝祖廟(そびょう)の神霊が100万人の兵と化し、黄色の旗を持って哥舒翰の軍に加勢し、崔乾祐の軍と戦った。

安禄山軍は、たちまち敗れ、一時の間に、全員亡んでしまった。

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安禄山の滅亡の後、唐軍は首都を奪回、粛宗は帝位を辞し、再び玄宗を復位なさしめんがため、唐軍はこぞって、蜀へ玄宗を迎えに行った。

政権が完全に回復した今も、玄宗の心中には、ただ楊貴妃への思慕の念ばかり、皇帝復位も不本意な事ではあったが、

玄宗 (内心)楊貴妃の最期の地、あの馬嵬(ばかい)の地を、一目でも見れるのであれば・・・。

彼は直ちに、首都帰還の命令を発した。

行列が馬嵬にさしかかった時、玄宗は、車を止めさせた。

玄宗 (内心)あぁ、ここじゃ・・・ここが、去年の秋、彼女が兵士に殺され、はかない身となってしもうた所じゃよ。

長い堤の上に風にしなう柳の枝を見ては、枕に懸かる楊貴妃の寝乱れ髪を思い起こし、暁の薄明の中に見た彼女の面影が、涙の中に浮かんでくる。

池の堤に生える草に結んだ露が陽光に光り輝くのを見ては、「あの時、地上に乱れ散った彼女の玉のかんざしも、かくのごとくであったろうか」と、ますます、心は悩むばかり。

玄宗 (内心)彼女の霊魂は浮かばれずに、今もこのあたりを、さ迷っておるのであろうか・・・だとしたら、ここはなんと、すばらしき場所! ここにおれば、彼女と共にあり、という事になる。

玄宗 (内心)毎日、日は暮れ、夜が明けようとも、ずっと、ここにいたい・・・この場に止まり、彼女への思いの中に、死んでいきたい。

しかしながら、帝位に復帰した身とあっては、そうも言ってはおれず、皇帝の車は東へ向かう。

玄宗 あぁ、この地まで来て、また、彼女と別れねばならぬのか・・・(涙)

涙の中に、来し方を遥かに眺め、

玄宗 (内心)蜀の河は深い緑、蜀の山は輝ける青、朝に夕に、この絶景を回想するにつけても、彼女の事を思い出してしまうのであろうなぁ。

玄宗の胸中の思い、たとえようもない。

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日を経て、玄宗は長安に帰還した。

かつて楊貴妃が住んでいた、あの驪山・華清宮(かせいきゅう)も、すっかり荒れ果ててしまっていた。

 眺めるもの全て ありし日のまま
 何も変ってはいない
 楼台(ろうだい)も 池苑(ちえん)も

 太液池(たいえきち)の蓮の花 未央宮(びようきゅう)の柳の樹(き)
 何もかも かつてのあの日のまま
 何も 変わったものはない
 ただ一点の 変化を除けば

 池の中に揺れる あの蓮の花
 まるで あの女性(ひと)の顔のよう

 風にそよぐ あの柳の枝
 まるで あの女性(ひと)の眉のよう

 あれを見ても これを見ても
 泣けて 泣けて しようがない
 この溢れ来る涙 止める事など できるはずがあろうか

 あぁしかし 私のこの思いなど おかまいなしに
 今年も変わることなく 季節は回(めぐ)る
 春風の中に 桃や李(すもも)の 花は開き
 秋露に濡れて 梧桐(ごよう)の葉は 音をたてて落ちる
 西の宮殿 南の宮庭
 秋草は深く 誰も掃く人も無いままに
 枯れ落ちた紅葉が 堆積している

 仮設皇居の中に座し 夜空に月を見上げては
 傷心の思いを じっと噛み締めるばかり
 夜の雨の中に かすかに鳴り響く鈴の音を聞いては
 断腸の絶望の念に ただただ身をよじるのみ

 夕べの宮殿に飛ぶ蛍を眺めては 悄然と肩を落し
 眠れぬ夜の長さをかこいつつ たった一本の灯火の灯芯を
 かきたてて かきたてて 時を過ごす

 これからますます 夜が長くなってこようかという 今は そのような季節
 あの 物憂げに響いているのは 時報を告げる鐘鼓(しょうこ)の音だろうか

 夜空を見上げてみれば 煌煌(こうこう)たる銀河は天空(てんくう)をよぎり
 星々の光降り注ぐ屋根の上には オシドリ(注10)形の冷たい瓦
 その上に重なる 花のように白い霜
 このカワセミの羽布団に たった一人で寝る寒さ
 互いに暖めあって共に寝た 彼女はもう この世にはいない

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(訳者注10)仲のよい夫婦を象徴する言葉。オシドリは、雌雄常にいっしょにいる。
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(原文)
 楼台池苑皆依旧
 太液芙蓉未央柳
 芙蓉如面柳如眉
 君王対此争無涙
 春風桃李花開日
 秋露梧桐葉落時
 西宮南苑多秋草
 宮葉満階紅不掃
 行宮見月傷心色
 夜雨聞鈴断腸声
 夕殿蛍飛思消然
 孤灯挑盡未成眠
 遅々鐘鼓初長夜
 耿々星河欲曙天
 鴛鴦瓦冷霜花重
 翡翠衾寒誰興共

何を見ても、何を聞いても、悲しみばかり深まっていく玄宗は、もはや、天下の安危にもおかまいなし、帝位を粛宗に譲り、朝から晩まで涙を流しながら、先帝宮殿内に隠棲の日々を送るようになった。

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ある日、臨卭(りんこう)という地から、一人の道士が玄宗のもとへやってきていわく、

楊通幽(ようつうゆう) 陛下、私めは、神仙の道を心得ておりまするでな、はるか彼方の臨卭にいながらにして、陛下の日々、展轉(てんでん:注11)のご苦悩を、察知いたしまして、ござりまする。

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(訳者注11)なかなか寝付けず、寝返りばかりうって夜を過ごす、の意。「輾転反側(てんてんはんそく)」とも言う。
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玄宗 いかにも・・・悲しみに胸塞がって、夜も眠れぬ。

楊通幽 私め、楊貴妃殿下のおられまする所へ行き、妃殿下よりのお言葉を持ち帰って参りましょう。さすれば、陛下もいささか、お心やわらぐ事もおできになろうかと。

玄宗 なに! さような事ができるのか!

楊通幽 できまする。

玄宗 よし、すぐに行って参れ! 今すぐ、そちに、高位大禄を与えるでな!

楊通幽 ハハッ、ありがたきお言葉(一礼)。

玄宗 行け! 早く、早く!

楊通幽 ハハッ!(一礼)

楊通幽は、術を使って、天に上り、地に入り、上は青空の頂上から下は黄泉(こうせん)の底まで、楊貴妃を尋ね求めた。しかし、彼女はどこにもいない。

楊通幽 フーン・・・かくなる上は、大海の彼方にまで、探索範囲を拡張せねばのぉ。

彼は、ユーラシア大陸を離れて遥か彼方、天海万里の波涛(はとう)を越え、楊貴妃を求めて飛行していった。

大陸から7万里の地点まできた時、前方に三つの島影が見えてきた。

楊通幽 フンフン、あれが音に聞く三つの島、蓬莱(ほうらい)、方丈(ほうじょう)、瀛州(えいしゅう)じゃな。

その3島は、一匹の巨大な亀の甲羅の上にあり、島の上には5個の城が屹立(きつりつ)し、12個の楼閣があった。

楊通幽 オッ・・・あそこに立っておる宮殿の門に、何やら額が懸かっておる・・・どれどれ・・・。

楊通幽は宮殿めがけて急降下、宮門の上空を旋回しながら、その金字の額に書かれた文字にじっと目をやった。

楊通幽 ほほぉ、「玉妃太真院(ぎょくきたいしんいん)」、さては、楊貴妃はこの中におるのだな。やったぞ!

直ちに彼は、門前に着陸。

楊通幽 (門を激しく叩く)。

門 ドンドンドンドン!

楊通幽 誰かある、誰かある!

門の中から、「はいはい」と、可愛らしい声が答えた。

門 ギィィィ・・・。

門の中から現われたのは、髪を二つマゲに結った童女であった。

童女 あなた様は、いったいどなた? どちらからみえられました? 誰を訪ねてこられました?

楊通幽は、おそれつつしみ、手を袖の中に引っ込めながらいわく、

楊通幽 はい、わたくしめは、中国全土を統治したもう帝王の使者にして、方士と申す者にて、ござりまする。こちらに、楊貴妃殿下が御座そうろうとお聞きし、殿下を訪ねてまいりましてござりまする。

童女 楊貴妃殿下は、まだ、御就寝中でございます。

楊通幽 会わせていただくわけには、まいりませぬか?

童女 あなたさまがおいでになった事を、殿下にお伝えしてまいります。

童女は、門の中へ戻り、中から門を、ピシャンと閉めてしまった。

楊通幽 ありゃぁ・・・しょうがない、待つしかないのぉ・・・。

楊通幽は、門の傍らに立ちつくし、童女が今出てくるか、今出てくるかと、じっと待ち続けた。

雲海は静まりかえり、神仙の居る洞天(とうてん)に、日はついに暮れてしまった。玉で飾られた宮門は重なり閉じ、内部からは全く何の音も聞こえない。

しかし、待ったかいがあった。

門 ギィィィ・・・。

楊通幽 オォッ!

童女 どうぞ、中へお入りくださいませ。

楊通幽 (内心)やったぞ!

宮殿の奥に招き入れられた楊通幽は、会釈し、壮麗な廊下の上にひざまづいた。

ちょうどその時、玉妃が夢からさめ、枕を押しのけて起き上がった所であった。

その美しい髪は、くしけずらずとも、薄絹、綾絹にも耐ええぬほど滑らかにして、言葉でたとえようもない。左右には侍童7、8人が立っている。全員、金製の蓮を冠に被り、鳳(おおとり)の形をした沓(くつ)をはいている。

やがて、五色の雲がたなびく中に、玉妃が堂から出てきた。

その美しい頭は艶々として、あたかも、暁の海から、月が上がってくるかのようである。

楊通幽は、涙を押さえ、自らの訪問の目的を、彼女に告げた。

彼の言葉をじっと聞いた後に、玉妃は、思いを込め、まなじりを凝らして、玄宗への感謝の意を述べた。

玉妃 あの時、かの地でお別れしてからというもの、陛下のお声もお姿も、遠き彼方の事になってしまいました。陛下と二人で過ごした、あの昭陽殿(しょうようでん)の中で受けた恩愛も、もはや絶え、わらわがここ、蓬莱宮(ほうらいきゅう)で過ごす身となってより、長い長い月日がたってしまいました・・・。(涙)

玉妃は、絶句してしまった。その美しい顔に、寂寞(せきばく)とした表情を浮かべ、さめざめと涙を流すばかり・・・まさに、梨花一枝、春の雨を浴びるがごとし。

いよいよ、帰途につかんとした時、楊通幽は、

楊通幽 願わくば、玉妃様、皇帝陛下のために、何か御(おん)かたみとなるようなものを、下さりませ。さすれば、私が玉妃様のもとを確かに訪ねていったのだ、という事の、何よりの証拠となりましょうから。

玉妃は手ずから、玉のかんざしを半分に折り、その片割れを楊通幽に与えた。

楊通幽 おそれながら・・・これでは、世間一般にあるかんざしと、何ら変わる所はありませぬ。これでは、証拠品とするには不十分。

玉妃 ・・・。

楊通幽 ならば、かく、いたしましょうぞ、玉妃様はおそらく、陛下の側に侍っておられし時、何か秘密の事を、陛下からお聞きになっておられましょう。陛下と玉妃様、お二人だけしか知らぬような、なにかを・・・それを、お教えくださいませ。それを、私の口から陛下にお伝えすれば、私が玉妃様のもとを訪ねていった事の、何よりの証拠となりましょう。

楊通幽 さもなくば、私はたちまちにして、あの新垣平(しんえんへい)のように、帝王をあざむきし罪を被(こうむ)って、重罰に処されてしまいましょうからな。

玉妃 よろしい・・・去る7月7日の夜半、長生殿(ちょうせいでん)にて、陛下とわらわはたった二人、天の川を眺めておりました。その時、かの牽牛(けんぎゅう)と織女(しょくじょ)の永久に絶える事なき愛をうらやみ、わらわは陛下に、このように誓いました、「天に在(あ)らば、願わくば、陛下とわらわは、翼をならべて飛ぶ二羽の鳥と、ならんことを。あるいは、地に在(あ)らば、願わくば、一つ枝に咲く二つの花と、ならんことを」。

玉妃 これは、陛下とわらわのみが、知る事。これをもって、ここへ確かにやってきた証拠と、するがよいでしょう。(涙)

玉妃は泣く泣く、玉のごとき台に登っていった。

彼女と共に、音楽も手に持つ団扇も、天に隠れ、夕陽(せきよう)の中に、徐々にその姿は消えていった。

楊通幽は、かんざしの半分と、彼女の語った「二人だけの秘め事」を胸に秘めて、皇宮に帰参、玄宗に対して、天上での状況を詳細に報告した。

楊通幽 ・・・妃様より、このかんざしを、いただいてまいりました。(かんざしを差し出す)

玄宗 (かんざしを手に取りながら愕然)・・・。

楊通幽 また、妃様は、7月7日、長生殿での、陛下との秘密の約束をも、お教えくださいました・・・いわく、「天に在らば、願わくば、陛下とわらわは、翼をならべて飛ぶ二羽の鳥と、ならんことを。あるいは、地に在らば、願わくば、一つ枝に咲く二つの花と、ならんことを」。

玄宗 ・・・天に在らば、願わくば、わしとそちとは、此翼(ひよく)の鳥とならんことを。地に在らば、願わくば、連理(れんり)の枝とならんことを・・・う、う、う(涙)。

その年の夏、玄宗はついに、未央宮の前殿にて崩御(ほうぎょ)した。

「一念五百生(いちねんごひゃくしょう) 繋念無量劫(けねんむりょうこう)」という。

ましてや、はるか未来の世までも誓いあった深い中、ここに死に、あそこに生れ変り、天上界、人間界、はたまた禽獣魚虫(きんじゅうぎょちゅう)に生を替えても、なおも、楊貴妃への愛着の迷いを離れる事はできないのであろうかと思うと、まことに罪深い契りである。

この、中国の天宝(てんぽう)年間末の世の乱れは、安禄山と楊国忠が、皇帝の威を借り、功に誇り、他人を嫉(ねた)んだ結果、引き起こされたものである。

かたや、現代の日本における関東地方のこの戦乱は、畠山国清の陰謀に端を発している。

国家の平安が傾き廃れていくその様はまさに、中国のあの時のそれに相似しているではないか。

天は、驕(おご)りを憎み、満つるを欠く。天の咎めからは、何人たりとも、逃れる事はできない。

畠山国清の運命、先が危うしと見える。

太平記 現代語訳 インデックス8 (その中に [主要人物・登場箇所リスト]へのリンクもあり)

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