広重 東海道

2017年1月18日 (水)

広重 東海道五十三次 細部に注目 (55) 日本橋

今回も、下記の本の中の浮世絵に注目してみました。

 浮世絵大系 14 東海道五拾三次 座右宝刊行会 編集制作 集英社発行 昭和50年 初版発行

[広重 東海道五十三次 日本橋]でネット検索すれば、画像を含んだコンテンツをご覧になれると思いますが、例えば、下記をご覧いただいてもよろしいでしょう。

東海道五十三次之内 日本橋 朝之景(知足美術館)

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橋の上を歩いている二人が持っている長い棒状の物体、木戸(絵の左と右に描かれている)の部分の中を[上下方向]に伸びている線、半鐘の櫓等、[上下方向]に伸びる線が目立つように、この絵は描かれていると、感じます。

(ここでは、[上下方向]という言葉を、絵の下端線に対して垂直の方向、という意味で使用しています。)

このような、[上下方向]の線に重きを置くことにより、大名行列の人々の心中にある下記のような緊張感を表現しようとしたのかもしれません。

 旅は始ったァ、さぁ、行くゾォ!

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日本橋に関して、

[日本橋 いつできた]、[日本橋 首都高 景観]、[日本橋川 空を取り戻す]、[日本橋川 神田川 平川]、[大阪 日本橋]、[大阪 日本一 日本橋一丁目]

でネット検索して、情報を得ることができました。

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広重画伯が描かれた絵について、上記にいろいろと記しましたが、この絵は、『保永堂版・東海道五拾三次』の中の絵なのです。この他にも、広重画伯によって描かれた、『隷書東海道』、『行書東海道』というものがあるようです。

[隷書東海道 日本橋]、[行書東海道  日本橋] でネット検索すれば、画像を含んだコンテンツをご覧になれると思いますが、例えば、下記をご覧いただいてもよろしいでしょう。

『隷書東海道』の日本橋を描いた絵が、下記です。

日本橋(三重県立美術館)

『行書東海道』の日本橋を描いた絵が、下記です。

日本橋(慶應義塾図書館デジタルギャラリー)

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この地を、池田遙邨画伯はどのように描いておられるのかと思い、調べてみました。

56.東京(とうきょう) 日本橋(にほんばし)(倉敷市立美術館 池田遙邨の世界)

広重 東海道五十三次 細部に注目 (54) 品川

今回も、下記の本の中の浮世絵に注目してみました。

 浮世絵大系 14 東海道五拾三次 座右宝刊行会 編集制作 集英社発行 昭和50年 初版発行

[広重 東海道五十三次 品川]でネット検索すれば、画像を含んだコンテンツをご覧になれると思いますが、例えば、下記をご覧いただいてもよろしいでしょう。

東海道五十三次之内 品川 日之出(知足美術館)

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船と雲の描写がすばらしいと思います。

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この絵の現場を特定しようと思い、いろいろ調べてみたのですが、ギブアップしました。

[旧東海道 地図 品川] でネット検索し、当時の街道のルートが分かるような情報を得て調べ、品川宿付近の旧東海道のルートを把握することができました。

しかし、絵が描かれた当時と現在とでは、現場付近の地形や景観が変化していると思われます。よって、現在の状況(地形等に関する)を示している情報だけを根拠にして、この絵の現場の特定を行うのは不可能であると、思われます。

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品川に関して、

[品川区 品川宿]、[品川区 品川宿交流館]

でネット検索して、情報を得ることができました。

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広重画伯が描かれた絵について、上記にいろいろと記しましたが、この絵は、『保永堂版・東海道五拾三次』の中の絵なのです。この他にも、広重画伯によって描かれた、『隷書東海道』、『行書東海道』というものがあるようです。

[隷書東海道 品川]、[行書東海道  品川] でネット検索すれば、画像を含んだコンテンツをご覧になれると思いますが、例えば、下記をご覧いただいてもよろしいでしょう。

『隷書東海道』の品川を描いた絵が、下記です。

品川・鮫洲の茶や(三重県立美術館)

『行書東海道』の品川を描いた絵が、下記です。

品川(慶應義塾図書館デジタルギャラリー)

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この地を、池田遙邨画伯はどのように描いておられるのかと思い、調べてみました。

55.品川(しながわ) 歩行新宿(かちしんじゅく)(倉敷市立美術館 池田遙邨の世界)

広重 東海道五十三次 細部に注目 (53) 川崎

今回も、下記の本の中の浮世絵に注目してみました。

 浮世絵大系 14 東海道五拾三次 座右宝刊行会 編集制作 集英社発行 昭和50年 初版発行

[広重 東海道五十三次 川崎]でネット検索すれば、画像を含んだコンテンツをご覧になれると思いますが、例えば、下記をご覧いただいてもよろしいでしょう。

東海道五十三次之内 川崎 六郷渡舟(知足美術館)

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この絵はなぜか、私の心にはあまりヒビ(響)イテきません。絵の中に描かれているそれぞれの人の様子がおもしろい、とは思うのですが。

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[旧東海道 地図 川崎] でネット検索して、当時の街道のルートが分かるような情報を得て調べ、この絵に描かれている場所を知るすることができました。

この絵の現場、すなわち、六郷川(多摩川)の渡河地点は、国道15号線の多摩川に架かる橋の付近にあったようです。

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川崎に関して、

[川崎市 川崎宿]、[川崎市 六郷橋]、[川崎市 万年屋 奈良茶飯]、[川崎市 万年屋 和宮]、[川崎市 本陣跡]

でネット検索して、情報を得ることができました。

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広重画伯が描かれた絵について、上記にいろいろと記しましたが、この絵は、『保永堂版・東海道五拾三次』の中の絵なのです。この他にも、広重画伯によって描かれた、『隷書東海道』、『行書東海道』というものがあるようです。

[隷書東海道 川崎]、[行書東海道 川崎] でネット検索すれば、画像を含んだコンテンツをご覧になれると思いますが、例えば、下記をご覧いただいてもよろしいでしょう。

『隷書東海道』の川崎を描いた絵が、下記です。

川崎・六郷のわたし(三重県立美術館)

『行書東海道』の川崎を描いた絵が、下記です。

川崎(慶應義塾図書館デジタルギャラリー)

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この地を、池田遙邨画伯はどのように描いておられるのかと思い、調べてみました。

54.川崎(かわさき) 多摩川(たまがわ)(倉敷市立美術館 池田遙邨の世界)

2017年1月17日 (火)

広重 東海道五十三次 細部に注目 (52) 神奈川

今回も、下記の本の中の浮世絵に注目してみました。

 浮世絵大系 14 東海道五拾三次 座右宝刊行会 編集制作 集英社発行 昭和50年 初版発行

[広重 東海道五十三次 神奈川]でネット検索すれば、画像を含んだコンテンツをご覧になれると思いますが、例えば、下記をご覧いただいてもよろしいでしょう。

東海道五十三次之内 神奈川 台之景(知足美術館)

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この絵の構図を構成する主な要素は、下記の2個の曲線であると思います。

[曲線A]:絵の中央部下端から始り、家々に沿って右上の方向へ伸びていき、絵の右上に描かれている樹木が伸びている方向に沿って左上に向きを変え、樹木の先端部で終わる曲線。

[曲線B]:絵の左側下部の船(乗っている人が描かれている小さい船)から始り、その左側に配置されている大きな船の方に伸び、そこから先は連続的に配置されている船群に沿って、右上の方向へ伸びていき、それらの船群中、最も遠くにある船で終わる曲線。

上記の2個の曲線により構成されているこの絵の構図は、すばらしいなぁと思います。

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この絵の現場に関しては、[神奈川台 神奈川宿]でネット検索して、関連する情報を得ることができました。

この絵の現場は、京浜急行電鉄本線の神奈川駅の西方の、旧東海道に沿った地域、すなわち、[横浜市 神奈川区 台町]のあたりであろうと思われます。

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横浜市神奈川区に関して、

[横浜市 神奈川区 神奈川宿]、[横浜市 神奈川区 神奈川宿 台町]、[横浜市 神奈川区 神奈川台場跡]、[横浜市 神奈川区 神奈川台 関門跡]

でネット検索して、情報を得ることができました。

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広重画伯が描かれた絵について、上記にいろいろと記しましたが、この絵は、『保永堂版・東海道五拾三次』の中の絵なのです。この他にも、広重画伯によって描かれた、『隷書東海道』、『行書東海道』というものがあるようです。

[隷書東海道 加奈川]、[行書東海道  神奈川] でネット検索すれば、画像を含んだコンテンツをご覧になれると思いますが、例えば、下記をご覧いただいてもよろしいでしょう。

『隷書東海道』の神奈川を描いた絵が、下記です。

加奈川・台の茶や(三重県立美術館)

『行書東海道』の神奈川を描いた絵が、下記です。

加奈川 神奈川(慶應義塾図書館デジタルギャラリー)

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この地を、池田遙邨画伯はどのように描いておられるのかと思い、調べてみました。

53.神奈川(かながわ) 台町之景(だいまちのけい)(倉敷市立美術館 池田遙邨の世界)

広重 東海道五十三次 細部に注目 (51) 保土ヶ谷

今回も、下記の本の中の浮世絵に注目してみました。

 浮世絵大系 14 東海道五拾三次 座右宝刊行会 編集制作 集英社発行 昭和50年 初版発行

[広重 東海道五十三次 保土ヶ谷]でネット検索すれば、画像を含んだコンテンツをご覧になれると思いますが、例えば、下記をご覧いただいてもよろしいでしょう。

東海道五十三次之内 保土ヶ谷 新町橋(知足美術館)

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構図の設定がいいなぁと思います。

以降の記述を行いやすくするために、構図の設定に関して重要な役割を果たしていると思われる要素に対して、下記のように記号を付けることにしました。

 [曲線A]:水面と岸との境界線。
 [曲線B]:(背景に描かれている)山々と空との境界線。
 [領域C]:[曲線A]と[曲線B]との間の部分。
 [領域D]:橋板が描かれている部分。
 [領域E]:[領域C]と[領域D]とを合併した領域。

[領域E]の幅(上下方向の長さ)は、おおむね、(絵の)右側の方へいくにつれて増加、左側の方へいくにつれて減少、というようになっています。すなわち、[領域E]の形は、[右・太-左・細]になっています。

もしかしたら、この絵を見ると下記のように感じる、という人がおられるかもしれません。

 自分の目が(自分が注視する先の位置が)、絵の右側から左側の方へ移動していくように、[誘導]されているように感じる。

 あたかも、[領域E]の中に、右から左へ流れているような肉眼には見えない水流のようなものがあり、それによって、注視する先の位置が、右から左へ押し流されているかのように。

あるいは、下記のように感じる、という人がおられるかもしれません。

 自分の目が(自分が注視する先の位置が)、絵の左側から右側の方へ移動していくように、[誘導]されているように感じる。

 あたかも、[領域E]の中に、左から右へ流れているような肉眼には見えない水流のようなものがあり、それによって、注視する先の位置が、左から右へ押し流されているかのように。

人間の目が注目している位置(注視点)が、文書や画像を見た時に、どのように移動([視線移動])していくのか、という事に関して、様々な研究が行われているようです。

この絵(『保土ヶ谷 新町橋』)を題材として、様々な[視線移動]の実験・観測が行われていけば、上記に記述したような[誘導]に関しても、いろいろな事が分かってくるかもしれません。

(実験・観測してみた結果、そのような[誘導]は存在しない、という事が分かった、という事になるのかもしれませんが)。

[視線移動]、[視線 アイトラッキング]でネット検索して、この研究分野に関する情報を得ることができました。

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この絵の現場の位置に関しては、ネット上に様々な情報がありました。([横浜市 保土ヶ谷区 新町橋]等でネット検索して情報を得ることができました。)

それらの情報を参考にしながらネット地図で調べ、この絵の現場が、相模鉄道の[天王町駅]の北東方向にあることが分かりました。

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保土ヶ谷に関して、

[横浜市 保土ヶ谷区 保土ヶ谷宿]、[横浜市 保土ヶ谷区 御所台の井戸 北条政子]

でネット検索して、情報を得ることができました。

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広重画伯が描かれた絵について、上記にいろいろと記しましたが、この絵は、『保永堂版・東海道五拾三次』の中の絵なのです。この他にも、広重画伯によって描かれた、『隷書東海道』、『行書東海道』というものがあるようです。

[隷書東海道 程か谷]、[行書東海道  程ヶ谷] でネット検索すれば、画像を含んだコンテンツをご覧になれると思いますが、例えば、下記をご覧いただいてもよろしいでしょう。

『隷書東海道』の保土ヶ谷を描いた絵が、下記です。

程か谷・かたびら橋かたびら川(三重県立美術館)

『行書東海道』の保土ヶ谷を描いた絵が、下記です。

程ヶ谷(慶應義塾図書館デジタルギャラリー)

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この地を、池田遙邨画伯はどのように描いておられるのかと思い、調べてみました。

52.程ヶ谷(ほどがや) 朧夜ノ景(おぼろよのけい)(倉敷市立美術館 池田遙邨の世界)

広重 東海道五十三次 細部に注目 (50) 戸塚

今回も、下記の本の中の浮世絵に注目してみました。

 浮世絵大系 14 東海道五拾三次 座右宝刊行会 編集制作 集英社発行 昭和50年 初版発行

[広重 東海道五十三次 戸塚]でネット検索すれば、画像を含んだコンテンツをご覧になれると思いますが、例えば、下記をご覧いただいてもよろしいでしょう。

東海道五十三次之内 戸塚 元町別道(知足美術館)

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絵の中に描かれているそれぞれの人の様子がおもしろい、と感じます。しかし、[?]を感じる点も様々にあります。

以降の記述を行いやすくするために、これらの人々に下記のように記号を付けることにしました。

 [人間A]:最も左側に描かれている人。女性。
 [人間B]:[人間A]の右側に描かれている人。おそらく、男性と思われる。
 [人間C]:馬の右側に描かれている人。おそらく、男性と思われる。
 [人間D]:[人間C]の右側に描かれている人。女性。
 [人間E]:最も右側に描かれている人。男性。

[人間A]は、絵の左側に描かれている店の関係者でしょう。「いらっしゃいませぇ」とでも、言っているのでしょうか。

[人間B]は、旅人でしょう。馬から降りた直後、地に足がつく直前の状態です。[人間B]の右足は、この瞬間、空中にあるのでしょう。(テーブルの上にあるのではないと思います。)。

[人間C]は、[人間B]が着地するまで、馬がじっとしているように、馬を制御しているのでしょう。

[人間D]は、おそらく旅人でしょう。

[人間E]も、おそらく旅人でしょう。今まさに、この絵の中の世界にやってきた、という状態です。

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[?]を感じる点は、以下の通りです。

[人間A]に関して

今この瞬間、[人間A]は、誰を注視しているのでしょう? [人間B]を注視? [人間D]を注視? もしかしたら、[人間E]を注視してる?

[人間B]に関して

馬から降りる時には、このような降り方をするものなのでしょうか? 着地の際の衝撃が強すぎて、危険では、と思うのですが。

[人間D]に関して

この人は今、笠を自分の身体から外そうとしているのでしょうか? 笠を自分の身体に装着しようとしているのでしょうか? 笠のひもを結びなおそうとしているのでしょうか?

この人は、一人で旅をしているのでしょうか? この時代に、女性が一人で安全に旅をすることができたのでしょうか?

この人は、[人間B]といっしょに旅をしているのでしょうか? もしもそうであるのだとしたら、なぜ、この人が地上にいて、[人間B]はまだ空中にいるのでしょうか? 馬から降りる順番が逆なのでは、と思うのですが。まず、男性が馬から降り、次に、女性が馬から降りるのを彼が支援する、というように、事が進んでいくと思うのですが。江戸時代には、女性が先に馬から降りていたのでしょうか?

もしかしたら、[人間B]は馬に乗り、この人はその横を歩いて、いっしょにここまでやってきたのでしょうか?(このような状況は非常に考え難いのですが)。

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私には、[人間E]が大きな存在感を発しているように感じられます。いったいなぜ、そのように感じるのか?

もしかしたら、 

(1)他の4人から離れた場所にいるから、そのように感じるのかも

(2)今まさに、この絵の中の世界にやってきた人だから、そのように感じるのかも

もしも(1)であるならば、(絵に描かれている)対象の空間的な(位置的な)配置が原因となって、私にはそのように感じられる、ということになるでしょう。

もしも(2)であるならば、対象の時間的な設定が原因となって、私にはそのように感じられる、ということになるでしょう。

これらの人々を、この絵の中の世界に登場した時点順に並べると、下記のようになるでしょう。

 [人間A] ----- [人間B]と[人間C](二人は同時に登場) ----- [人間E]

[人間A]は店の関係者だから、最も早い段階からこの世界の中にいる、ということになるでしょう。

[人間B]と[人間C]は、[人間E]よりも前に、この世界の中に到着していると思われます。

[人間D]に関しては、上記のように[?]が多くあるので、何ともいいようがありません。

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ネット上の様々な情報を参照して、この絵の現場が、旧東海道が柏尾川と交わる地点の付近である事が分かりました。

[旧東海道 地図 戸塚] でネット検索し、当時の街道のルートが分かるような情報を得て調べ、戸塚宿付近の旧東海道のルートを知ることができました。

次に、ネット地図を使用して、旧東海道が柏尾川と交わる地点について調べました。その場所は、JR戸塚駅の北北東方向、戸塚共立第2病院の付近であるようです。

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戸塚に関して、

[横浜市 戸塚宿]、[横浜市 戸塚区 元町別道 道標]、[横浜市 戸塚区 上方見付跡]、[横浜市 戸塚区 益田家 モチノキ]

でネット検索して、情報を得ることができました。

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広重画伯が描かれた絵について、上記にいろいろと記しましたが、この絵は、『保永堂版・東海道五拾三次』の中の絵なのです。この他にも、広重画伯によって描かれた、『隷書東海道』、『行書東海道』というものがあるようです。

[隷書東海道 戸塚]、[行書東海道  戸塚] でネット検索すれば、画像を含んだコンテンツをご覧になれると思いますが、例えば、下記をご覧いただいてもよろしいでしょう。

『隷書東海道』の戸塚を描いた絵が、下記です。

戸塚(三重県立美術館)

『行書東海道』の戸塚を描いた絵が、下記です。

戸塚(慶應義塾図書館デジタルギャラリー)

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この地を、池田遙邨画伯はどのように描いておられるのかと思い、調べてみました。

51.戸塚(とつか) こめや跡(こめやあと)(倉敷市立美術館 池田遙邨の世界)

2017年1月16日 (月)

広重 東海道五十三次 細部に注目 (49) 藤沢

今回も、下記の本の中の浮世絵に注目してみました。

 浮世絵大系 14 東海道五拾三次 座右宝刊行会 編集制作 集英社発行 昭和50年 初版発行

[広重 東海道五十三次 藤澤]でネット検索すれば、画像を含んだコンテンツをご覧になれると思いますが、例えば、下記をご覧いただいてもよろしいでしょう。

東海道五十三次之内 藤澤 遊行寺(知足美術館)

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絵の上の方に描かれている寺院が、大きな存在感を発しているように感じます。下記のように描かれているので、そのように感じるのだと思います。

(1)高い丘の上に寺院の建物があるように描かれている。

(2)その建物の上に、高い樹木が描かれている。

(3)絵の中央に描かれている家々の屋根と寺院との間に、物体が描かれていない部分がある。

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この絵の現場の位置については、ネット上に様々な情報があり、それらを参考にしながらネット地図を使って調べてみました。

(1)JR藤沢駅の北方に、[境川]に架かる[藤沢橋]があり、その少し北側に旧東海道の橋が架かっていたようです。その橋は、過去には[大鋸橋]と呼ばれ、現在は[遊行寺橋]と呼ばれているようです。

(2)[遊行寺橋]の付近に、[江の島一の鳥居]と呼ばれる鳥居があったのだそうです。(この鳥居の[袴石]が、[遊行寺]にあるようです。)

ネット地図で見てみると、[遊行寺]は[遊行寺橋]の北東方向にあります。

よって、この絵の現場は、[遊行寺橋]付近の、[境川]の西側の場所、ということになるでしょう。

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藤沢に関して、

[藤沢市 藤沢宿]、[藤沢市 江の島道]、[藤沢市 大山道]、[藤沢市 遊行寺]、[遊行寺 一遍聖絵]

でネット検索して、情報を得ることができました。

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広重画伯が描かれた絵について、上記にいろいろと記しましたが、この絵は、『保永堂版・東海道五拾三次』の中の絵なのです。この他にも、広重画伯によって描かれた、『隷書東海道』、『行書東海道』というものがあるようです。

[隷書東海道 藤沢]、[行書東海道  藤沢] でネット検索すれば、画像を含んだコンテンツをご覧になれると思いますが、例えば、下記をご覧いただいてもよろしいでしょう。

『隷書東海道』の藤沢を描いた絵が、下記です。

藤沢(三重県立美術館)

『行書東海道』の藤沢を描いた絵が、下記です。

藤沢(慶應義塾図書館デジタルギャラリー)

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この地を、池田遙邨画伯はどのように描いておられるのかと思い、調べてみました。

50.藤沢(ふじさわ) 残照(ざんしょう)(倉敷市立美術館 池田遙邨の世界)

広重 東海道五十三次 細部に注目 (48) 平塚

今回も、下記の本の中の浮世絵に注目してみました。

 浮世絵大系 14 東海道五拾三次 座右宝刊行会 編集制作 集英社発行 昭和50年 初版発行

[広重 東海道五十三次 平塚]でネット検索すれば、画像を含んだコンテンツをご覧になれると思いますが、例えば、下記をご覧いただいてもよろしいでしょう。

東海道五十三次之内 平塚 縄手道(知足美術館)

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背景に描かれている三つの山の対比が、とてもおもしろいと思います。形が異なる山が左側と右側に配され、その両者が生成する緊張感の中に、富士山が控えめに顔を出しています。

このような風景の中に、走る飛脚を描く、というのは、すばらしい着想だなぁと思います。

飛脚の激しい呼吸と鼓動が聞こえてくるような感じがします。

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この絵の現場の位置を、現代の平塚の地において特定することは不可能であると思われます。

この絵に描かれている道は、旧東海道と考えてよいでしょう。飛脚が走る道なのですから。

[旧東海道 地図 平塚] でネット検索し、当時の街道のルートが分かるような情報を得て、平塚宿付近の旧東海道のルートを調べました。そして分かったことは、

 平塚宿付近においては、旧東海道がこの絵にあるような急角度で向きを変えているような場所は無い

という事です。

以下のように考えたらよいのだろうと思います。

(1)この絵の現場は、平塚宿付近ではなく、平塚の東方の茅ヶ崎市内の鳥井戸橋の付近であるのかもしれません。そのあたりでは、旧東海道のルートは直線状になってはいません。

 あるいは、

(2)この絵は、実際に現場を見ないで描かれているのかもしれません。

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平塚と茅ヶ崎に関して、

[茅ヶ崎市 南湖 左富士]、[茅ヶ崎市 旧相模川橋脚]、[平塚市 平塚八幡宮]、[平塚市 平政子 平塚の塚]、[平塚市 京方見附]、[平塚市 脇本陣跡]、[平塚市 松田たつ]

でネット検索して、情報を得ることができました。

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広重画伯が描かれた絵について、上記にいろいろと記しましたが、この絵は、『保永堂版・東海道五拾三次』の中の絵なのです。この他にも、広重画伯によって描かれた、『隷書東海道』、『行書東海道』というものがあるようです。

[隷書東海道 平塚]、[行書東海道  平塚] でネット検索すれば、画像を含んだコンテンツをご覧になれると思いますが、例えば、下記をご覧いただいてもよろしいでしょう。

『隷書東海道』の平塚を描いた絵が、下記です。

平塚(三重県立美術館)

『行書東海道』の平塚を描いた絵が、下記です。

平塚(慶應義塾図書館デジタルギャラリー)

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この地を、池田遙邨画伯はどのように描いておられるのかと思い、調べてみました。

49.平塚(ひらつか) 馬入川(ばにゅうがわ)(倉敷市立美術館 池田遙邨の世界)

広重 東海道五十三次 細部に注目 (47) 大磯

今回も、下記の本の中の浮世絵に注目してみました。

 浮世絵大系 14 東海道五拾三次 座右宝刊行会 編集制作 集英社発行 昭和50年 初版発行(以降、これを [本1] と略記)

[広重 東海道五十三次 大磯]でネット検索すれば、画像を含んだコンテンツをご覧になれると思いますが、例えば、下記をご覧いただいてもよろしいでしょう。

東海道五十三次之内 大磯 虎ヶ雨(知足美術館)

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雨の風景を描いた絵ですが、私には、うっとおしさは感じられません。開放感を感じます。爽やか、という感じもします。水平線が絵の真ん中に設定され、空(を表す部分)に対して、広いスペースが割り当てられているからでしょうか。

絵の左側の方に、明度が大きい色で海が描かれており、その中に、小さいサイズで船が描かれています。絵の左側の方に、空間がグゥーンと広がっていくように感じます。

家のサイズ(絵の中の)には、[?]を感じます。人間の(絵の中の)サイズと比較すると、小さすぎるように感じます。

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[本1]中の図版解説において、吉田漱氏は、この絵の現場の位置について以下のような趣旨の事を記しておられます。

 人と馬が宿場に入って行く。絵の右側の方に描かれているのは、高麗山の山麓である。

絵の中央に描かれている宿場は大磯宿であると、考えてよいでしょう、「大磯 虎ヶ雨」とあるのですから。

絵の中では海が左側に描かれているので、この絵の現場は大磯宿の東の方のどこかであり、そこから大磯宿の方を見ている、という状況になります。

[旧東海道 地図 大磯] でネット検索し、当時の街道のルートが分かるような情報を得て、その付近の旧東海道について調べました。

JR平塚駅の付近から、大磯の方向へ、旧東海道のルートをたどってみました。

JR平塚駅の付近から、西南西に進み、国道1号線に入った後、南西へ。花水川を超えてすぐの場所の西方に、[高麗山]があるので、おそらく、この絵の現場はこのあたり(花水川を超えてすぐの場所)である、ということになるでしょう。

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大磯に関して、

[大磯町 高麗山]、[大磯町 高来神社]、[大磯町 化粧井戸]、[大磯町 東海道松並木]、[大磯町 本陣跡]、[大磯町 大磯町郷土資料館]、[大磯町 六所神社]、[大磯町 鴫立庵 西行]

でネット検索して、情報を得ることができました。

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広重画伯が描かれた絵について、上記にいろいろと記しましたが、この絵は、『保永堂版・東海道五拾三次』の中の絵なのです。この他にも、広重画伯によって描かれた、『隷書東海道』、『行書東海道』というものがあるようです。

[隷書東海道 大磯]、[行書東海道  大磯] でネット検索すれば、画像を含んだコンテンツをご覧になれると思いますが、例えば、下記をご覧いただいてもよろしいでしょう。

『隷書東海道』の大磯を描いた絵が、下記です。

大磯・鴫立沢西行庵(三重県立美術館)

『行書東海道』の大磯を描いた絵が、下記です。

大磯(慶應義塾図書館デジタルギャラリー)

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この地を、池田遙邨画伯はどのように描いておられるのかと思い、調べてみました。

48.大磯(おおいそ) 花水川(はなみずがわ)(倉敷市立美術館 池田遙邨の世界)

2017年1月15日 (日)

広重 東海道五十三次 細部に注目 (46) 小田原

今回も、下記の本の中の浮世絵に注目してみました。

 浮世絵大系 14 東海道五拾三次 座右宝刊行会 編集制作 集英社発行 昭和50年 初版発行

[広重 東海道五十三次 小田原]でネット検索すれば、画像を含んだコンテンツをご覧になれると思いますが、例えば、下記をご覧いただいてもよろしいでしょう。

東海道五十三次之内 小田原 酒匂川(知足美術館)

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日本最初の駅伝競争の区間は、京都-東京。スタートは、京都の三条大橋、ゴールは、東京の不忍池付近だったのだそうです。

京都からスタートして、箱根の山を越え、小田原へ・・・ついに関東へ、という感じがしますが、日本史においては、[関東地方]が意味する領域は、一定ではなかったようです。

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背景に描かれている山がすばらしいと思います。ゴツゴツガクガクとしていて、冷凍庫の中で凍結してできたような感じです。

山と川の間に、ゆったりと広くスペースが配されており、川の中にいる人々も小さいサイズで描かれているので、広大な空間の広がりを感じます。

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この絵の現場の位置を、現代の小田原の地において特定しようと思ったのですが、ギブアップしました。

[旧東海道 地図 小田原] でネット検索し、当時の街道のルートが分かるような情報を得て調べ、この絵に描かれている場所を把握することができました。

JR小田原駅から東海道本線、あるいは東海道新幹線に乗って東京方向に向かう先に、[酒匂川]の橋梁があります。旧東海道の酒匂川渡河地点は、この橋梁の南東方向の、国道1号線の橋梁が架かっている場所の付近であったようです。

次に考えなければならないのが、

 この絵は、酒匂川の小田原の対岸(川の東側)から小田原の方向を見ている、という状況になっているのか、それとも、その逆(小田原側から酒匂川の対岸を見ている)なのか?

という事です。

これに関しては、[酒匂川の小田原の対岸(川の東側)から小田原の方向を見ている]と判断しました。その逆であるとすれば、絵の中のどこにも小田原の地が描かれていない、という事になってしまうからです。

次に考えなければならないのが、

 この絵が描かれて以降、現代に至るまでの間、酒匂川の流路に変化があったのかどうか? 変化があったのであれば、どのように変化したのか?

という事です。

これに関連するネット上の情報を調べ、江戸時代初期に、[酒匂川]に対して[瀬替え]が行われた、という事を把握できました。

(「瀬替え」とは、人工的に河川の流路を変える事なのだそうです)。

しかし、その後の、上記の渡河場所付近においての流路変化の状況に関しては、詳細を把握することができませんでした。

よって、ここから先に進むことができませんでした。

この絵が描かれた当時から現代までの間、渡河場所付近の酒匂川の流路は変わっていない、というのであれば、国土地理院の [地理院地図] を使用して、絵の背景に描かれている山について、調べることができるのですが・・・。

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小田原に関して、

[小田原市 人車鉄道]、[小田原市 石垣山 一夜城]、[小田原市 北条氏]、[小田原市 稲葉氏 春日局]

でネット検索して、情報を得ることができました。

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広重画伯が描かれた絵について、上記にいろいろと記しましたが、この絵は、『保永堂版・東海道五拾三次』の中の絵なのです。この他にも、広重画伯によって描かれた、『隷書東海道』、『行書東海道』というものがあるようです。

[隷書東海道 小田原]、[行書東海道  小田原] でネット検索すれば、画像を含んだコンテンツをご覧になれると思いますが、例えば、下記をご覧いただいてもよろしいでしょう。

『隷書東海道』の小田原を描いた絵が、下記です。

小田原・酒匂川(三重県立美術館)

『行書東海道』の小田原を描いた絵が、下記です。

小田原(慶應義塾図書館デジタルギャラリー)

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この地を、池田遙邨画伯はどのように描いておられるのかと思い、調べてみました。

47.小田原(おだわら) 城址(しろあと)(倉敷市立美術館 池田遙邨の世界)

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