近江

2017年9月18日 (月)

琵琶湖 北船木 南船木 安曇川 河口 滋賀県 高島市 2017年9月

2017年9月に、琵琶湖岸の地、[北船木]と[南船木](滋賀県 高島市)に行きました。

自作の音楽にマッチするような動画映像を撮影するために、というのが第1の目的でした。

----------

JR[山科駅] から JR[湖西線] を利用して、JR[安曇川駅] へ行き、

そこから先は、コミュニティバスを利用して、という移動手段で、行きました。

コミュニティバスの[安曇川駅]バス停から乗車し、[こどもの国前]バス停 で下車しました。

そこから少し歩き、[滋賀県立 びわ湖こどもの国]に到着しました。

[滋賀県立 びわ湖こどもの国]は、安曇川の河口付近にあります。

安曇川の河口の付近を、動画撮影に適した風景を求めて歩きました。

[安曇川南流]という川と、[安曇川北流]という川がありました。

ネット地図で見ていただくとお分かりになると思いますが、[滋賀県立 びわ湖こどもの国]の北西方向にある場所で、安曇川は、2本の川に分流しています。北側へ分流した流れが、[安曇川北流]、南側へ分流した流れが、[安曇川南流]と名付けられていることを、現地の表示を見て知りました。

[安曇川南流] には、[船木大橋]という橋が架かっており、そこから南南西方向に、琵琶湖を展望できる場所がありました。

下記の画像は、そこで撮影した動画から制作した動画作品(後述)の中から切り出したものです。

P1
P2

P2
P3

[びわ湖こどもの国]の付近に、[高島市 安曇川多目的グラウンド]という施設があり、その付近でも、琵琶湖を展望することができました。

下記の画像は、そこで撮影した動画から制作した動画作品(後述)の中から切り出したものです。

P3
P4

P4
P5

上記の場所で撮影した動画を編集して、下記の動画作品を制作しました。
(バックグラウンド音楽に、自作音楽作品 [湖畔の道, Op.32]を使用しました。)

この動画の格納先URLは、下記です。

https://youtu.be/6v9ijRxH-v0

----------

[船木大橋]の付近に、[湖岸緑地 安曇川浜園地]という場所がありました。

----------

[高島市 安曇川多目的グラウンド]の北方に、[安曇川北流]に架かる橋がありました。

その橋の付近の、[安曇川北流]沿いの場所で撮影した動画を編集して、下記の動画作品を制作しました。
(バックグラウンド音楽に、自作音楽作品 [名前はまだ無い・第2番, Op.45]を使用しました。)

この動画の格納先URLは、下記です。

https://youtu.be/JvrH8HnLf5o

下記の画像は、上記動画の中から切り出したものです。

P5

P6

P6

P7

----------

帰りは、下記のように、交通インフラを利用しました。

 コミュニティバス:[こどもの国前]バス停 --> [安曇川駅]バス停
 JR湖西線:[安曇川駅] --> [山科駅]

----------

[滋賀県立 びわ湖こどもの国]の中に、食堂がありました。昼食をそこで食べました。

----------

ネット地図で見ていただくとお分かりになると思いますが、安曇川の河口付近は、琵琶湖の中に突き出たような地形になっています。安曇川によって運ばれた土砂が堆積して形成された、いわゆる、[三角州(さんかくす)、Delta]であるようです。

ここの[三角州]は、[鳥跡状 三角州] に分類されているようです。

[安曇川 三角州 鳥跡状] でネット検索して、関連する情報を得ることができました。

----------

ネット地図で見ていただくとお分かりになると思いますが、[安曇川]を、河口付近から上流へ遡って見ていくと、[朽木]の地へ至ります。

更に上流方向に遡って見ていくと、[葛川坊村町](大津市)に至ります。

そこから、[国道367]を南進すると、[大原](京都市 左京区)に至ります。

航空写真モードで見ることができるネット地図を使って見ていただくとお分かりになると思いますが、朽木から上流の地域には、山林が多いようです。

この地域で伐採した木でもって筏を作り、それを、安曇川の流れを利用して下流へ運搬する、という事が、かつて行われていたようです。すなわち、安曇川は、木材の運搬ルートとして利用されていたようです。

どれぐらいのスピードで、筏は流れていったのでしょう・・・人間の歩行速度よりは、速かったのでしょうね、おそらく。

[安曇川 木材 筏流し]、[安曇川 しこぶち]、[安曇川 シコブチ] でネット検索して、関連する情報を得ることができました。

安曇川の中を流れていく筏を構成する木材は、その後、どのようなルートを経て、木材の消費地へ運ばれていったのか? 下記3つを、考えつきました。

(1)筏は、安曇川の流れに乗って、この日、私が訪れた河口の地、すなわち、[北船木]、[南船木]に至り、そこから先、琵琶湖の上を、筏の上に人が乗って筏を操作して、運ばれていった。

(2)筏は、安曇川の流れに乗って、[北船木]、[南船木]に至り、そこから先、琵琶湖の上を、船に引かれて運ばれていった。

(3)筏は、安曇川の流れに乗って、[北船木]、[南船木]、あるいは、そこよりも上流の場所で、陸に上げられ、そこから先は、陸路で運ばれていった。

上記のうち、どの方法によって運ばれていったのか、その解答を私は知ることができませんでした。

-------------

[船木城]という城が、[北船木]にあったようです。その場所には、現在、[願船寺]があるようです。

[船木城 高島市] でネット検索して、関連する情報を得ることができました。

-------------

私が制作した他の動画を、私のユーチューブチャンネルからご覧いただけます。私のユーチューブチャンネルにアクセスしたい時は、

ここをクリックしてください。

私が作曲した他の音楽作品を、クレオフーガ・サイト上の私のコーナーでお聴きいただけます。それにアクセスしたい時は、

ここをクリックしてください。

2017年7月10日 (月)

醒井 バイカモ ハリヨ 居醒の清水 滋賀県 米原市 2017年7月7日

2017年7月7日に、醒井(さめがい:滋賀県・米原市)に行きました。

2016年6月に、『きれいな水が湧きでるところ, Op.33』という音楽作品を作ったのですが、その音楽にマッチするような動画を制作したいと思い、それに使用する動画を撮影するために、というのが第1の目的でした。

その他にも、バイカモ( Ranunculus nipponicus var. submersus )の花や、ハリヨ(魚)( Gasterosteus cf. microcephalus )を見るために、というのも目的でした。

JR山科駅からJRを利用して、JR米原駅へ、更に、JR醒ヶ井駅へ、というルートでの、鉄道を乗り継いでの旅でした。

JR醒ヶ井駅から徒歩で行ける場所に、バイカモがあり、開花していました。下記 P1, P2 を、[醒井 水の宿駅 みゆき]という施設の近くの場所で撮影しました。

P1
P01

P2
P02

P3 [醒井宿資料館]という施設がありました。
P03

この建物の創建は、1915年。[ウィリアム・メレル・ヴォーリズ]が、創建当時、設計に携わっていたのだそうです。1973年まで、[醒井郵便局]として使用されていたのだそうです。

醒井はかつて、宿場町であったようです。[江龍文書]という史料により、過去のさまざまな事を知ることができるのだそうです。

P4 地蔵川にかかる橋
P04

P5 十王水
P05

平安時代に、[浄蔵法師]によってひらかれた水源なのだそうです。

P6 了徳寺の[御葉附銀杏(おはつきいちょう)]
P06

このイチョウ、銀杏の一部が、葉面上に付いてできるのだそうです。

P7 地蔵堂
P07

ここに安置されているお地蔵さまは、昔は、地蔵川の中に座っていて、[尻冷やし地蔵さん]と呼ばれていたのだそうです。

P8 加茂神社
P08

P9 加茂神社の近くに、[居醒の清水]があります。
P09

下記のP10, P11 を、[居醒の清水]の付近で撮影しました。

P10
P10

P11
P11

P12 問屋場
P12

ここは、人足や馬の提供、荷物の積替えの引継ぎ事務を行なっていた場所なのだそうです。建物の内部で、曲がっている柱や梁を見ることができ、とても興味深かったです。

問屋場の前を流れる地蔵川の中に、バイカモが開花していました。下記 P13 ~ P17 を、問屋場の付近で撮影しました。

P13
P13

P14
P14

P15
P15

P16
P16

P17
P17

[醒井 水の宿駅 みゆき]の近くにある、[かなやkitchin]で、昼食を食べました。店の建物はもと、信用金庫のものだったのだそうです(店の方から聞きました)。窓枠は同時のまま、白い塗装が施され、[捻締り錠(ねじしまりじょう)]が付いています。下記 P18, P19, P20 は、[かなやkitchin]よりの許可を得て、撮影・公開しています。

P18 [かなやkitchin]の外観
P18

P19
P19_2

P20
P20

[くぼた]の水槽の中に、[ハリヨ]がいました。下記 P21, P22, P23 は、[くぼた]よりの許可を得て撮影・公開しています。

P21 [くぼた]の外観
P21

P22 ハリヨ
P22

P23 ハリヨ
P23

-------------

醒井の様々な場所を訪問して動画を撮影し、自作音楽作品『きれいな水が湧きでるところ, Op.33』と合わせ編集して、動画を制作し、ユーチューブ上にアップロードしました。下記で、それをご覧になれます。

ハリヨが泳いでいるシーン、バイカモの花が水流に揺らいでいるシーンも、この動画の中にあります。

この動画の格納先URLは、下記です。

https://youtu.be/JTpUhefVPUU

私が制作した他の動画を、私のユーチューブチャンネルからご覧いただけます。私のユーチューブチャンネルにアクセスしたい時は、

ここをクリックしてください。

私が作曲した他の音楽作品を、クレオフーガ・サイト上の私のコーナーでお聴きいただけます。それにアクセスしたい時は、

ここをクリックしてください。

-------------

当日は、水分を多く含むものをおいしく感じるような気候でした。

[くぼた]で、アイスコーヒーを飲みました。

[ヤマキしょうゆ](有限会社醤油屋喜代治商店)で、しょうゆソフトクリームを食べました。

[醒井 水の宿駅 みゆき]の中にある[喫茶梅花藻]で、ホットコーヒーを飲みました。

[醒井 水の宿駅 みゆき]の中では、野菜も販売されていました。

[醒井 水の宿駅 みゆき]の敷地内に、湧水を汲める場所がありました。蛇口無し、シンク無しの、[源泉かけながし]状態です。紫外線で処理しているので飲むこと可能、との趣旨の事が書かれていたので、ペットボトルに入れて持ち帰りました。当日の夜、自宅でその水を使って、コーヒーを入れて飲んでみました。

その感想は、普段、京都市の水道水を使って自宅で入れているコーヒーとの、

 「違いが分からない男の入れたコーヒー」状態。

京都市の上水道の水の質は、私の舌と喉にとっては、十分にハイレベルである、ということなのでしょうか。

-------------

下記でネット検索して、関係する情報を得ることができました。

[米原市 醒井宿資料館]
[醒井宿 江龍家]
[醒井 地蔵川]
[醒井 延命地蔵]
[醒井 居醒の清水]
[醒井 ヤマトタケル]
[醒井宿 問屋場]

2017年6月10日 (土)

マキノ 野生サル 琵琶湖 滋賀県 高島市 2017年6月

2017年6月に、マキノ(滋賀県・高島市)に行きました。

野生のサルの群れに出会い、動画を撮影することができました。それを、ユーチューブ上にアップロードしました。下記でご覧になることができます。

当日は、JR山科駅から、JR湖西線に乗り、マキノ駅で下車。

駅から湖岸に移動する途中、ファミリーマートで昼食を購入。

そして、[マキノ・サニービーチ]へ。

そこから湖岸を、[海津]の方へ歩いて行きました。

このあたり、[西浜]という地区であるようです。

P1

P01

P2

P02

P3

P03

P4

P04

[海津浜]へやってきました。

P5 海津浜の石積み

P05

P6

P06

1703年に、防波のために、このあたり一帯の湖岸に、石垣が築かれたのだそうです。

P7 旧・海津港跡の付近で撮影

P07

その付近にあった表示には、下記のような趣旨の事が記されていました。

 平安時代末頃より、海津港が発展し始め、豊臣政権の時代に、大谷吉隆によって土木工事が行われてからは、大津に次ぐ大きな港として発展。

 1867年に、磯野源兵衛氏と井花伊兵衛氏らが共同して蒸気船を購入し、大津と海津との間に航路を開いた、その桟橋は杭のみを今に残している

下記のP8, P9を撮影した場所には、[淡海の巨木・名木次世代継承事業 認定第37号 吉田ケヤキ]との表示がありました。

P8

P08

P9

P9

P10 [マキノ東小学校]の付近で撮影

P10

そこから更に、海津大崎への道をひたすら歩きました。

P11

P11

P12

P12

P13

P13

P14 このあたりの湖岸は、サクラ並木になっています。

P14

P15

P15

地図に、[義経の隠れ岩]というのが記されているので、どれかなぁと、湖岸を見つめながら歩いて行きました。すると、湖中にこの岩が。この岩が、[義経の隠れ岩]なのかどうかは、分かりません。

P16

P16

P17

P17

P18

P18

P19

P19

P20 このトンネルが通行止めになっていたので、ここから引き返すことにしました。

P20

地図によれば、このトンネルを通過した向こうに、[海津大崎の岩礁]があるのだそうです。

バスの発車時刻までだいぶあるので、徒歩で引き返すことにしました。

途中、湖岸に、ツクダニの販売をしている店があったので、中に入ってみました。

今まで食べたことがないようなものがいろいろとあったので、2袋買いました、ゴリとイサザ。(「イサザ」は名前を聞いた事が無かったので、興味が湧き、購入)

再び、西浜の湖岸へ戻ってきました。

P21

P21

P22

P22

P23

P23

路上で出会う学生のみなさんが、初めてここにやってきた私に、「こんにちわ」と声をかけてくださるのです。なにかとても、嬉しい思いの中に、こちらもあいさつさせていただきました。

サニービーチに到着。ある店で、ソフトクリームを買って、店先のベンチで食べました。

そして、JRマキノ駅へ。

-----------------

道中で撮影した動画を、ユーチューブ上にアップロードしました。下記でご覧になることができます。

-----------------

上記の動画を、ユーチューブのサイトで見たい方は、私のユーチューブチャンネルからご覧いただけます。

私のユーチューブチャンネルにアクセスしたい時は、

ここをクリックしてください。

-----------------

この地域はもと、「マキノ町」。カタカナの自治体名は珍しいなと思います。

2005年に、付近の自治体と合併して高島市ができ、以来、この地域内の場所は、「高島市マキノ町XX」という地名になっているようです。

数台の福井ナンバーの車に、道中、出会いました。このあたり、福井県との県境にも近いようです。

その他のカテゴリー

フォト
無料ブログはココログ