近江

2017年7月10日 (月)

醒井 バイカモ ハリヨ 居醒の清水 滋賀県 米原市 2017年7月7日

2017年7月7日に、醒井(さめがい:滋賀県・米原市)に行きました。

2016年6月に、『きれいな水が湧きでるところ, Op.33』という音楽作品を作ったのですが、その音楽にマッチするような動画を制作したいと思い、それに使用する動画を撮影するために、というのが第1の目的でした。

その他にも、バイカモ( Ranunculus nipponicus var. submersus )の花や、ハリヨ(魚)( Gasterosteus cf. microcephalus )を見るために、というのも目的でした。

JR山科駅からJRを利用して、JR米原駅へ、更に、JR醒ヶ井駅へ、というルートでの、鉄道を乗り継いでの旅でした。

JR醒ヶ井駅から徒歩で行ける場所に、バイカモがあり、開花していました。下記 P1, P2 を、[醒井 水の宿駅 みゆき]という施設の近くの場所で撮影しました。

P1
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P2
P02

P3 [醒井宿資料館]という施設がありました。
P03

この建物の創建は、1915年。[ウィリアム・メレル・ヴォーリズ]が、創建当時、設計に携わっていたのだそうです。1973年まで、[醒井郵便局]として使用されていたのだそうです。

醒井はかつて、宿場町であったようです。[江龍文書]という史料により、過去のさまざまな事を知ることができるのだそうです。

P4 地蔵川にかかる橋
P04

P5 十王水
P05

平安時代に、[浄蔵法師]によってひらかれた水源なのだそうです。

P6 了徳寺の[御葉附銀杏(おはつきいちょう)]
P06

このイチョウ、銀杏の一部が、葉面上に付いてできるのだそうです。

P7 地蔵堂
P07

ここに安置されているお地蔵さまは、昔は、地蔵川の中に座っていて、[尻冷やし地蔵さん]と呼ばれていたのだそうです。

P8 加茂神社
P08

P9 加茂神社の近くに、[居醒の清水]があります。
P09

下記のP10, P11 を、[居醒の清水]の付近で撮影しました。

P10
P10

P11
P11

P12 問屋場
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ここは、人足や馬の提供、荷物の積替えの引継ぎ事務を行なっていた場所なのだそうです。建物の内部で、曲がっている柱や梁を見ることができ、とても興味深かったです。

問屋場の前を流れる地蔵川の中に、バイカモが開花していました。下記 P13 ~ P17 を、問屋場の付近で撮影しました。

P13
P13

P14
P14

P15
P15

P16
P16

P17
P17

[醒井 水の宿駅 みゆき]の近くにある、[かなやkitchin]で、昼食を食べました。店の建物はもと、信用金庫のものだったのだそうです(店の方から聞きました)。窓枠は同時のまま、白い塗装が施され、[捻締り錠(ねじしまりじょう)]が付いています。下記 P18, P19, P20 は、[かなやkitchin]よりの許可を得て、撮影・公開しています。

P18 [かなやkitchin]の外観
P18

P19
P19_2

P20
P20

[くぼた]の水槽の中に、[ハリヨ]がいました。下記 P21, P22, P23 は、[くぼた]よりの許可を得て撮影・公開しています。

P21 [くぼた]の外観
P21

P22 ハリヨ
P22

P23 ハリヨ
P23

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醒井の様々な場所を訪問して動画を撮影し、自作音楽作品『きれいな水が湧きでるところ, Op.33』と合わせ編集して、動画を制作し、ユーチューブ上にアップロードしました。下記で、それをご覧になれます。

ハリヨが泳いでいるシーン、バイカモの花が水流に揺らいでいるシーンも、この動画の中にあります。

この動画の格納先URLは、下記です。

https://youtu.be/JTpUhefVPUU

私が制作した他の動画を、私のユーチューブチャンネルからご覧いただけます。私のユーチューブチャンネルにアクセスしたい時は、

ここをクリックしてください。

私が作曲した他の音楽作品を、クレオフーガ・サイト上の私のコーナーでお聴きいただけます。それにアクセスしたい時は、

ここをクリックしてください。

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当日は、水分を多く含むものをおいしく感じるような気候でした。

[くぼた]で、アイスコーヒーを飲みました。

[ヤマキしょうゆ](有限会社醤油屋喜代治商店)で、しょうゆソフトクリームを食べました。

[醒井 水の宿駅 みゆき]の中にある[喫茶梅花藻]で、ホットコーヒーを飲みました。

[醒井 水の宿駅 みゆき]の中では、野菜も販売されていました。

[醒井 水の宿駅 みゆき]の敷地内に、湧水を汲める場所がありました。蛇口無し、シンク無しの、[源泉かけながし]状態です。紫外線で処理しているので飲むこと可能、との趣旨の事が書かれていたので、ペットボトルに入れて持ち帰りました。当日の夜、自宅でその水を使って、コーヒーを入れて飲んでみました。

その感想は、普段、京都市の水道水を使って自宅で入れているコーヒーとの、

 「違いが分からない男の入れたコーヒー」状態。

京都市の上水道の水の質は、私の舌と喉にとっては、十分にハイレベルである、ということなのでしょうか。

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下記でネット検索して、関係する情報を得ることができました。

[米原市 醒井宿資料館]
[醒井宿 江龍家]
[醒井 地蔵川]
[醒井 延命地蔵]
[醒井 居醒の清水]
[醒井 ヤマトタケル]
[醒井宿 問屋場]

2017年6月10日 (土)

マキノ 野生サル 琵琶湖 滋賀県 高島市 2017年6月

2017年6月に、マキノ(滋賀県・高島市)に行きました。

野生のサルの群れに出会い、動画を撮影することができました。それを、ユーチューブ上にアップロードしました。下記でご覧になることができます。

当日は、JR山科駅から、JR湖西線に乗り、マキノ駅で下車。

駅から湖岸に移動する途中、ファミリーマートで昼食を購入。

そして、[マキノ・サニービーチ]へ。

そこから湖岸を、[海津]の方へ歩いて行きました。

このあたり、[西浜]という地区であるようです。

P1

P01

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P02

P3

P03

P4

P04

[海津浜]へやってきました。

P5 海津浜の石積み

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P6

P06

1703年に、防波のために、このあたり一帯の湖岸に、石垣が築かれたのだそうです。

P7 旧・海津港跡の付近で撮影

P07

その付近にあった表示には、下記のような趣旨の事が記されていました。

 平安時代末頃より、海津港が発展し始め、豊臣政権の時代に、大谷吉隆によって土木工事が行われてからは、大津に次ぐ大きな港として発展。

 1867年に、磯野源兵衛氏と井花伊兵衛氏らが共同して蒸気船を購入し、大津と海津との間に航路を開いた、その桟橋は杭のみを今に残している

下記のP8, P9を撮影した場所には、[淡海の巨木・名木次世代継承事業 認定第37号 吉田ケヤキ]との表示がありました。

P8

P08

P9

P9

P10 [マキノ東小学校]の付近で撮影

P10

そこから更に、海津大崎への道をひたすら歩きました。

P11

P11

P12

P12

P13

P13

P14 このあたりの湖岸は、サクラ並木になっています。

P14

P15

P15

地図に、[義経の隠れ岩]というのが記されているので、どれかなぁと、湖岸を見つめながら歩いて行きました。すると、湖中にこの岩が。この岩が、[義経の隠れ岩]なのかどうかは、分かりません。

P16

P16

P17

P17

P18

P18

P19

P19

P20 このトンネルが通行止めになっていたので、ここから引き返すことにしました。

P20

地図によれば、このトンネルを通過した向こうに、[海津大崎の岩礁]があるのだそうです。

バスの発車時刻までだいぶあるので、徒歩で引き返すことにしました。

途中、湖岸に、ツクダニの販売をしている店があったので、中に入ってみました。

今まで食べたことがないようなものがいろいろとあったので、2袋買いました、ゴリとイサザ。(「イサザ」は名前を聞いた事が無かったので、興味が湧き、購入)

再び、西浜の湖岸へ戻ってきました。

P21

P21

P22

P22

P23

P23

路上で出会う学生のみなさんが、初めてここにやってきた私に、「こんにちわ」と声をかけてくださるのです。なにかとても、嬉しい思いの中に、こちらもあいさつさせていただきました。

サニービーチに到着。ある店で、ソフトクリームを買って、店先のベンチで食べました。

そして、JRマキノ駅へ。

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道中で撮影した動画を、ユーチューブ上にアップロードしました。下記でご覧になることができます。

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上記の動画を、ユーチューブのサイトで見たい方は、私のユーチューブチャンネルからご覧いただけます。

私のユーチューブチャンネルにアクセスしたい時は、

ここをクリックしてください。

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この地域はもと、「マキノ町」。カタカナの自治体名は珍しいなと思います。

2005年に、付近の自治体と合併して高島市ができ、以来、この地域内の場所は、「高島市マキノ町XX」という地名になっているようです。

数台の福井ナンバーの車に、道中、出会いました。このあたり、福井県との県境にも近いようです。

2017年6月 7日 (水)

今津 滋賀県 高島市 2017年6月

2017年6月に、マキノ(滋賀県・高島市)に行ったのですが、その帰りに、今津(滋賀県・高島市)に行きました。時間の余裕が無かったので、広い範囲をめぐることはできませんでした。

P1 今津港で撮影。停泊中の船は、竹生島へ行く船なのかも。
P01

P2 今津港の付近で撮影。
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P3 今津港の付近で撮影。
P03

P4 今津港の付近で撮影。
P04

P5 今津港の付近で撮影。
P05

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[歴史地名 今津]でネット検索してみて分かったのですが、[今津]の地名は日本全国にあるようです。

「今」の字の意味には、「新」の意味もあるようだから、

 [今津] = [New Harbor]

という解釈により、もしかすると、[今津]の地名は、[新津]、[新港]、[新湊]等の地名にも関係あり、ということになるのかも。

[今津 古津 近江]でネット検索して、関連する情報を得ることができました。

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JR・近江今津・駅の近くに、[琵琶湖周航の歌資料館]という施設があり、その前に、鉢がいくつもありました。鉢の中に、[ヒツジグサ]という植物がありました。

P6
P06

P7
P07

JR・近江今津・駅の駅前にも、[ヒツジグサ]がありました。

P8
P08

P9
P09

なぜ、今津でヒツジグサ?

なぜ、今津において、[ヒツジグサ]がこのように大々的に生育しているのか、それは、今から100年前に誕生した、この地に深い関係を持つある歌に、理由があるようです。

その歌とは、『琵琶湖周航の歌』。

もともとは、[第三高等学校]の生徒たちの歌、という性質のものであったのが、1960年代以降、多くの歌手が歌うところとなり、中でも、加藤登紀子さんが歌ったそれは、大ヒットになったのそうです。

『琵琶湖周航の歌』の誕生から、今年(2017)がちょうど、100年、ということで、[琵琶湖周航の歌誕生100周年記念交流会]、[琵琶湖周航の歌誕生100周年記念誕生の地まち歩きツアー]が、高島市により計画されているようです。

ネットで調べてみて、知ったのですが、この歌ができた経緯は、とても興味深いです。

([高島市 今津 小口太郎 吉田千秋]等でネット検索すると、関連する情報が得られると思います。)

(1)『ひつじぐさ』

 1915年、『ひつじぐさ』という歌曲が、「音楽界」(雑誌)において、発表された。
 作詞:だれの作詞かは不明(イギリスの童謡 『WATER―LILIES』)。
 訳詩および作曲:様々な人々の調査・研究により、[吉田千秋]氏による訳詩および作曲、と判明。

 1919年、[吉田千秋]氏、逝去。

[吉田千秋]氏による訳詩を、ネットで読むことができました。いい訳詩だなと、思います。

 風吹かば吹け 空曇れ
 雨降れ波立て さりながら

の部分からは、一休宗純の、公案課題への下記の解答、

 有漏路(うろぢ)より 無漏路(むろぢ)へ帰る 一休み
   雨ふらば降れ 風ふかば吹け

を連想します。

([吉田千秋 ひつじぐさ 歌詞]、[吉田千秋 ひつじぐさ 楽譜]、[一休 公案 洞山三頓]でネット検索して、関連する情報を得ることができました。)

(2)『琵琶湖周航の歌』

 1917年に成立。
 作詞:小口太郎(長野県・岡谷市 生)
 作曲:様々な人々の調査・研究により、[吉田千秋]氏作の『ひつじぐさ』(上記)のメロディが原形になったものと、判明。

[小口太郎]氏は、当時、第三高等学校の学生で、ボート部の部員。ボート部の仲間と共に、琵琶湖一周の漕艇を行う途中、今津に宿泊した際に、この歌を作り、その後、第三高等学校の寮歌・学生歌として歌い継がれていったのだそうです。

1924年、[小口太郎]氏、逝去。

([高島市 今津 琵琶湖周航の歌 小口太郎]、[京都大学 ボート部 小口太郎]、[小口太郎 琵琶湖周航の歌]でネット検索して、関連する情報を得ることができました。)

(3)『琵琶湖周航の歌』は、いわゆる、「替え歌」であるようです

 1915年:『ひつじぐさ』成立
 1917年:『琵琶湖周航の歌』成立
 1919年:[吉田千秋]氏、逝去。
 1924年:[小口太郎]氏、逝去。

上記のような時系列になっています。

これに似たような行為(いわゆる、「替え歌」の作成)が現代において行われた場合には、その後の成り行きによっては、著作権に抵触するような事になってしまう可能性も、ありかと思われます。成立当時は、現代とは状況が異なるので、トラブルになるような事も、無かったのかも。

現在の世は、[ネット後・世]、当時の世は、[ネット前・世]。

ある人の作品を、別の人が改変し、その改変後のものが、様々な人によって歌われている、というようなことが、それほど容易に分かるものでもなかった、ということなのかもしれません。

歌の成立時点においては、

 部活の最中に、替え歌を作ってみたら、部員仲間にけっこううけて、そのうち、多くの学生諸君の好んで歌うところとなり・・・。

というような事だったでしょうから、著作権うんぬん、というような問題が生じる可能性は極めて低いような状況ではなかったかと、思われます。

([JASRAC 替え歌 著作権]でネット検索して、関連する情報を得ることができました。)

(4)琵琶湖一周

船で琵琶湖を一周するので、「琵琶湖周航」と言うのでしょう。

その船の動力が人力のみ、というケースもありうるわけで、小口太郎氏が参加していた旅も、おそらく、そのケースに該当。となると、船のサイズは比較的小のタイプのもの。リスクの大きい旅、と言えるのではないでしょうか。

([琵琶湖 遭難]でネット検索して、関連する情報を得ることができました。)

陸の上を行く、琵琶湖一周もあるようです。

(4-1)ビワイチ

自転車で行く、琵琶湖一周。

(4-2)鉄道・琵琶湖一周(「ビワテツ」という言葉は無いようです)

鉄道で行く、琵琶湖一周。

JRの琵琶湖線、北陸線、湖西線を乗り繋いで、琵琶湖のまわりを一回り、という旅です。高架になっている区間においては、車窓から沿線の景観(琵琶湖の湖水等)を見やすいかもしれません。

2017年5月20日 (土)

滋賀県 高島市 針江 バイカモかも かばた

先日アップした下記コンテンツにおいて

京都 八瀬 バイカモではないような

この植物は、バイカモ(梅花藻)に似てはいるけど、バイカモではないのであろう、との趣旨の事を記しましたが、では、あの植物は?との思いが、心の片隅に湧き上がりました。

そこで、過去に撮影した画像集の中からその画像を引っ張り出し、調べてみました。

その画像を撮影した場所は、滋賀県・高島市の針江(はりえ)。撮影日を見ると、2013年9月某日となっています。この日、私は友人たちにこの地に連れていってもらいました、かばたと針江の風景を見るために。

JR湖西線の[新旭駅]で下車。そこから徒歩で、[針江]へ。

P1 浄栄寺の前を通り
P01_2

[針江公民館]に到着。そこからは、[針江生水の郷委員会]メンバーの方にガイドしていただき、地区内を歩きました。

P2 M家のかばた
P02_2

水の中に、魚が泳いでいました。

[かばた]に関しては、[針江生水の郷 かばた]等でネット検索すると、情報を得ることができると思います。

琵琶湖の西にある比良山系に降った雪や雨が地中にしみ込み、伏流水となって針江地区の地下を流れているので、この地区内で、場所によっては、パイプを地中に打ち込むと、そのパイプの先端から水が自噴してくるのだそうです。[針江 伏流水 管 自噴]等でネット検索すると、これに関する情報を得ることができると思います。

残飯や人間の食べカスを、この[かばた]の中にいる魚が食べるのだそうですが、脂肪分の多いもの(例えば、カレーのついた鍋)をこの中に入れて、などというような事は、おそらく、されないのではないでしょうか。水質がだめになってしまうでしょうから。

地区内の小川の水は、下記のように、とてもきれいな水であるように見えました。

P3 魚がいました
P03_2

P4 カメがいました
P04_2

P5 もしかしたら、これは、[かばた]の跡なのでしょうか?
P05_2

下記のように、水路から水が屋内に入り、また水路に出てくる、というような構造になっている場所がありました。もしかしたら、取水口の奥に[かばた]があるのかも?

P6
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P7
P07_2

P8 パイプから水が噴きでてました。
P08_2

下記のP9, 10, P11 は、正伝寺の中にある[かばた]です。

P9
P09_2

P10
P10

P11
P11

P12 正伝寺の境内
P12

P13 正伝寺の境内
P13

下記2個の画像が、針江地区の川の中にあった植物です。水面上に小さい白い花を開いています。

P14
P14

P15 P14の一部分をトリミングしたものです。花は5弁、梅の花に似たような形をしています。もしかしたら、これは、バイカモ(梅花藻)かも。
P15

下記のP16, P17, P18 は、針江地区内の川の流れを撮影したものです。

P16
P16

P17
P17

P18
P18

針江公民館の付近に戻ってきました。

P19
P19

P20
P20

これで、針江地区内の見学は終了。

昼食は、ここで食べました。

P21
P21

P22
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昼食後、針江大川ぞいに歩いて、琵琶湖岸まで行ってみました。

P23
P23

P24
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P25 新旭駅へ戻る途中、川島酒造の前で休憩。「松の花」という銘柄の酒を造っておられるようです。
P25

ここの庭にある湧水の水を飲ましてもらえました。

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